ああ、涙が流れていく。わたしはそれを見ていた。

「唯太」
「…ん?」

 わたしは何も言わないでティッシュを箱ごと差し出した。唯太はしばらく箱をぼんやりと見つめて、それから自分の濡れた頬にさわる。そして、ああ、と今さら気がつく。泣いていることに。

 映画を観ていた。唯太が借りてきたやつで、昔の洋画だった。

「…感動した?」
「ああ、うん、そうかな」

 ティッシュで涙を拭きながら、唯太はそんな曖昧な、まるで他人事のような返答をする。声がちょっと鼻声だ。
 涙を拭いて、その後に鼻をかんで、まるめられたティッシュはゴミ箱へ。唯太にとっても慣れた作業だし、わたしにとっても見慣れた動作だ。
 唯太の顔を見やり、ああ、泣いたあとの目だ、と思う。ちょっと赤くなっていて、まだ涙の膜がはっている。20も越えた男なのに、なんだか子どもみたいだな。こういうときわたしは唯太のことをトシシタノオトコだな、と感じる。

「変かな」

 唯太が小さく呟いた。少しうつむき気味の視線。

「なにが?」
「泣いてるのに気づかないの、変かな」

 唯太と一緒にいるようになって、もう2年だ。だからわたしは、ぼうっと無表情で映像を眺めるその目からただ涙が流れるのを見るのは、もう見慣れていた。なのに唯太は今さらわたしに、変かな、と訊く。
 わたしは可笑しくなって、そして、変かもね、と答える。唯太はいつもの無表情で、だけど泣いたあとのいつもより頼りない目で、そうだよな、と頷いた。そうだよな。変だよな。低い声がぽつぽつと呟く。涙がぽたぽた落ちるみたいに。

「唯太」
「ん?」
「変かもしれないけど、わたし、唯太が泣くの見るのはすき」

 唯太が水面から上がるように、わたしを見た。やがて小さく笑って、俺は、と言う。

「俺は、江利子に泣いてるの見られると、ふがいない気持ちになる」
「なにそれ」
「たぶん、江利子にはわからない気持ち」

 唯太がおもむろに立ち上がる。猫背気味の背中が、台所のほうへ行き、すぐに水が流れる音が聞こえてきた。
 洗面所で顔洗いなよ…、と思う。べつにいいけど。ここは唯太の部屋だし。

 わたしは畳に寝転がり、目をとじる。とじた瞼のうらには涙。
 泣くのを見ては、思い出しては、いとおしい気持ちになるのを、唯太にはたぶんわからない。


水性のヘルプミー
13.5.25


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