好きな子がいる。
 学校帰りのコンビニで、たまに見かけるかわいいあの子。お菓子を選ぶとき、まるい目がくるくる動くのがかわいい。すれ違うとき、香水じゃなくて、シャンプーの匂いがするのがかわいい。ふらっと立ち寄りましたって感じの、ラフな服装で、化粧っ気がないのがかわいい。
 平凡だった日常にあなたの存在を見つけてから、今まで聴かなかった恋愛ソングを聴きだしちゃったり、流行りの少女漫画とか貸して貰っちゃったり、歌や物語の主人公を自分に置き換えたりなんかして、片思いしてる自分に当てはめちゃったりなんかして、とにかく切なくなったりする毎日です。
 単純なんです。よく言われます。
 あなたに会いたいからっていう理由で、コンビニのアルバイトを始めるくらいには、単純で不純な、17歳の少年Hです。


「これください」
「っい、いらっ、いらっしゃいませっ」

 うわ、やべ、噛んだ。しかも声上擦っちゃったし。
 ああもう、彼女が来店したのを確認してから、こうしてレジへやって来るまで頭ん中で何十回もシミュレーションしたのに。俺かっこわるい。

「に、2点で、226円です」
「はい」

 吃りながらも会計を告げれば、ふたつ折りの財布を開く彼女。その様子を、ただの店員のふりして、ドキドキしながら見つめている俺。
 中身を探る、白い指先。わずかな身じろぎに、やわらかそうにゆれる、キャラメル色の髪。ほんのりシャンプーの匂いがする。
 ああ、俺って不純。ごめんなさい。ほんとすいません。

 触りたい。撫でたい。
 ひどくもどかしくて、じれったくて、そのくせ不純な欲求に、罪悪感で胸がじんじんと痛む。
 こんなに近くにいるのに、触れたりとか撫でたりとか、そんな単純なことも、俺にはできない。
 こんな近くにいるのに、俺と彼女の距離は、月と地球なみに遠い。

 彼女が週2のペースでコンビニにやって来ることは、店員になってから知ったことだ。
 そんなに頻繁にやって来る訳じゃないけど、来店時間はだいたいいつも夕方から夜にかけての、俺がシフトに入ってる時間と決まってる。
 彼女は、たぶん年上。背が低くて童顔だけど、それは直感的にわかった。
 年上、だけど、そんなに離れてはいないはず。大学生くらい?聞けないですけど。
 聞きたいことは、そりゃあもうたくさんありますけど。
 何歳ですか?近くに住んでるんですか?はじめてあなたを見たとき、ジャンプ読んでましたけど、何が好きですか?俺ナルト好きなんです。ワンピースも好きですけど。でもやっぱスラダンには勝てないです。スラダン俺のバイブルなんです。あ、俺バスケ部じゃないですけど。
 どうでもいいこと、いっぱい聞きたい。聞きたいし、俺のことも知ってほしい。
 俺に、気づいてほしい。猫みたいにかわいいその目で、俺のことを見てほしい。


「…おにいさん、」

 その声ではっと我にかえる。
 眼下の会計トレーには、300円が控え目な存在感でのっかってる。
 あっ。そうだ、俺は今コンビニ店員だった。
 慌てて「すみません」と一言謝って、それから手を動かす。レジへ300と打ち込みながら、口元が、不純な形にゆるんでしまう。
 今、おにいさんって呼ばれた。おにいさんて。ていうか声かわいい。おにいさん。うわあ、やばい、に、にやける。

「な、74円のお返しです」
「どうも」

 どうも。形式張った定員の台詞に、彼女はいちいち返してくれる。
 名前も知らない、俺の好きな子。猫目の彼女。
 一目惚れだったけど、彼女のちょっとしたことに気づく度、彼女を内側から好きになってく。
 何も知らないのに、知った気になる。俺単純すぎ。

(……あ、)

 お釣りを渡すとき、一瞬、指先が触れ合った。



「……っあの!」

 会計を済ませて店を出た彼女を追いかける俺。
 ああ何してんだろ。店長に怒られる。ていうかクビになるかも。バイト始めてまだ1ヶ月も経ってないのに。
 でもそんなこと、今はひたすらどうだってよかった。
 ただ今は、俺は、彼女に、

「っ……」

 驚いてまんまるになった目が、俺を見ていた。
 当たり前だ。追いかけてきたコンビニ店員にいきなり手を掴まれたら、誰だってびっくりだ。
 ほんと何してんだ俺。手を掴んだまま、何も言えなくなる。息が詰まる。顔すごい熱いし。今ぜったい顔赤い。だって彼女が、俺のこと見てる。それに勢いで、俺彼女の手掴んじゃってるし。

「……あ、え、えっと、」

 魚みたいに口をぱくぱくさせながら、言いたいことが何一つ言葉にならない。
 何か言わなきゃ。でも何かって、なに。
 聞きたいことも、言いたいことも、たくさんあったはずなのに。

「あ、あのっ……」

 あなたが好きです。喋ったら残念とか言われる男子高校生ですけど、あなたの為なら何でもできます。車ないけど、チャリならあります。金ないけど、がんばって幸せにします。今日から貯金もします。だから、俺と付き合ってください。

「………っか、カレシとか、いますか?」

 言えるかそんなん!

 頭は既にキャパオーバー。
 所詮僕なんて、好きな子に想いも伝えられない17歳の男子高校生です。
 バイト放棄して、彼女の手を掴んで、やっと言えたのは、「カレシいますか?」というたった一言。
 泣きたい。すごい泣きたい。不甲斐なさすぎて走り出したい。盗んだバイクで走り出したい。ああもうバイト辞めてしまおう。1ヶ月も経ってないけど。


「……いない、です……」

 あまりの不甲斐なさに悟りを開き出していた俺の耳に、彼女の声が届いた。
 ハッと我にかえる。彼女が、俺を見ていた。
 ずっと俺を見てほしかった、俺が好きな彼女の目。



「日向くんって残念なイケメンとか言われるだろ」

 その日のバイトを終えて開口一番に、同じシフトだった真山さんに言われる。
 真山さん真顔こわい。バイト、途中抜けてご迷惑おかけしてすいませんでした。

「えっ、なんでわかったんですか?」
「……お疲れ」
「お疲れさまーっす!」

 温度の低い声で一言告げて、バックルームを出ていく真山さん。気のせいか負のオーラ出てる。今度オススメの少女漫画を貸したげよう。

 帰り道。
 チャリを漕ぎながら、耳にはめたイヤホンからは、爽やかなボーカルの恋愛ソング。
 切ない系じゃなくて、今は、なんだか走り出したくなるような、そんな恋愛ソングが気分。

「……カレシ、いない、です!」

 状況は何一つ変わらない。
 俺は単純で不純な17歳で、明日も学校で、そのあとはバイトで。彼女は明日、来るか来ないかもわからない。

 見上げれば、今日は月がやたらキレイだった。
 もしかしたら手を伸ばしたら届くかも、とか。俺ほんと単純すぎ。
 とりあえず今日から貯金始めよう。




少年Hと猫目の彼女
12.9.22


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