今春から外注スタッフとしてやってきた彼は、愛想がよく、要領もいいので、基本誰からも好かれていた。
 すらっとした細身で、ちょっとチャラそうだけど厭な男臭さがなく、日々締め切りに追われ無精髭が無法地帯である男性社員の中で、彼はとても浮いていた。
 基本誰からも好かれていたけれど、特に女性社員に関しては、彼がすれ違う度色めき立っていた。

 そんな彼は、私の「よかったら夕食ご一緒しませんか」という誘いを、とてもあっさり、笑顔で承諾してくれた。



「手嶋さんさあ、モテるよね」

 店を出た後、彼が言う。

「社内の男、だいたい皆手嶋さん可愛いって言ってるよ」

 ふわふわとどこか浮世離れした、いつもの彼の話し方だった。
 それを聞きながら、私は彼の酔った姿を何となく想像してみたけれど、うまくいかなかった。

「来栖さんだって、社内の女性陣皆来栖さんのことかっこいいって言ってますよ」
「はは、そうなの?ていうか、否定とか謙遜とかしないんだね」

 笑みを含んだ言葉に、私はにこりと笑顔で返した。
 21時手前。駅までの通りを歩いていた。
 この辺は遅くまで営業している品のいい店が多いので、歩いていると手を繋いだ男女が、腕を絡めた男女が、私達の横を通り過ぎていく。

「俺もね」

 私が私の少し前を歩く背中を見つめていたとき、不意に彼が口を開いた。

「社内の女の子にさ、そういう目で見られてるのはけっこうわかってるんだけど」

 すると前を歩いていた足がふっと立ち止まる。私も歩みを止めれば、彼がこちらを振り返る。

「でもさあ、手嶋さんは、違うよね?」

 少し屈むようにして、彼が私に囁く。

「手嶋さんの俺を見る目って、“そういうの”とはちょっと違うよね?」

 その声は、とても愉しそうだった。
 距離を詰めて、彼は笑っていた。それはシャンパンを弄んでいたときの表情と似ている気がしたけれど、それ以上に愉悦を帯びていて、そしてほんの少しの歪みがあった。

「手嶋さんは、俺に蔑まれたいとか、思ってるでしょ?」

 囁くような声を聞いた後、彼は、ねえ?と小首を傾げながら、私に笑いかける。
 笑みの形に歪んだ口許で、その目はどこまでも冷たく私を突き刺す。

 手なんか繋いでくれなくていい。
 愛おしむような目で見てくれなくていい。
 私きっとやさしい愛とか、いらないんです。

 冷たく歪んだ蔑視の目が私を見ている。
 息も忘れて、飲み込んだはずの感覚に、私はふるえる。




炯眼と蔑視
12.9.17


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