終わりかけた昼休み。喧騒が遠い。
午後の日差しはやわらかいが、ドアの隙間から差し込む陽光は瞼を焼きそうに眩しく、痛い。
吐き出した後の開放感と、喪失感と、ひどい虚しさ。それらすべてが綯い交ぜになって、若干飛びそうな意識で光に目を細める。
「……甘いもん、食いたい」
ぽろりと零れた言葉は、この場所に反響もしないで消えた。
ああ、甘いもん食いたい。何でもいい。ドロドロに胸やけするほどに甘いもん。
チャイムが聞こえた気がしたが、午後一の授業は出る気がしない。だからって、このままここで麗らかな午後を過ごすというのは如何なもんだろうか。
使われなさすぎて独特の湿気さえ感じない、座り込んでいる床もカラカラに乾燥した男子便所。
もうここ俺専用じゃん、なんつって。口元に軽い笑みが浮かぶが、全くもって笑えねーよ。
立ち上がると、眩暈を感じた。ふらつく体。足が覚束ない。
やべ、ちょっと貧血かも、なんて思いながら個室のドアを開ける。
「……あれ、いたんだ。全然気づかなかった」
「今来たとこだよ」
素っ気なく言う長身のクラスメート。強面で、威圧感放ちすぎなわりに、気配消すのうまいよね。
腕を組んでタイルの壁に寄りかかった優は、俺の顔を見やると、僅かに眉間にシワを寄せた。ははは、こえー顔。
「お前、顔色キモイ」
さらりと言われる。キモイて。まあ自覚はあるんだけど。
俺は優の横を通り過ぎ、洗面台の前に立った。鏡にうつった色のない顔に思わず笑う。ああ、確かにキモイ。
「慶介」
名前を呼ばれて、顔だけで振り返る。
「お前、死ぬぞ」
腕を組んでタイルの壁に寄りかかって、抑揚のない声が、無感情に響く。まるで他人事のように。実際他人事なんだけど。
なにを物騒なこと言ってんの、と思う。
死なんて、まったく現実的じゃないな。でも、「お前、死ぬぞ」と真正面からそう言われて、ああ、とはじめて思考をよぎった。このまま吐き続けたら、俺死ぬのかも、という思考が。
「俺が死んだら、さみしい?」
小さく笑いながら優へ問うが、返答はなかった。
おもむろに、優が壁から背を離して歩き出した。俺の背後を通り過ぎていく。
「帰るわ」
通り過ぎながら、そんな一言が告げられる。
ていうか俺の質問無視とかさみしいんだけど。優のそういうとこ、うちの弟そっくりだわ。
「優」
「なんだよ、まだゲロんのか?」
「ちょっと肩貸して」
貧血で歩けない、と笑って言えば、超絶うざったそうな表情が返ってきた。それでも、結局黙って肩を貸してくれる優を、俺は愛してるよ。もつべきものは友だちだね、優二郎くん。
「見え透けすぎんのも、大変だな」
独白のように、優が言った。
「俺、繊細だから」
「目隠しでもしてろよ」
「そういうプレイはさせる側がいいわ、どっちかというと」
「慶介気持ち悪い」
「あはは」
「笑ってんな。放るぞ」
同情されることが、それこそ吐く程に嫌いだ。それなのに心配されるっていうのは、悪くないなって思うんだ。
優と友だちになってから、そのへんの線引きが曖昧でよくわからなくなってしまった。
「お前が死んだら、葬式でマルメン吸ってやるよ」
他人事なセリフに笑った。
葬式って、ひでえ。哀れみもクソもないな。
「じゃあ優が死んだら、俺はセッタ吸うわ」
「死なねえし。誰かと違って健康だから」
「優、帰ったらまたギター弾いてよ。俺デリコ聴きてえ、デリコ」
「お前死なねえなら自分で歩け。香水くさいんだよ」
「あはは」
うん、残念ながら、俺まだ当分死ぬ予定ないよ。
だって死んだら、さみしいじゃん。
君の優しさには理由がない
12.9.9
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