足と胃を休めるために、私たちは長椅子に腰を下ろし、しばらくおしゃべりに興じることにした。

「皓くんは甘いものが好きなのね」

 未だいたたまれないふうに項垂れている彼がかすかに肩を揺らし、まるで悪事でも白状するかのようにぼそぼそと話し出す。

「……実は、そうなんだ。子どもっぽいだろ? 酒もろくに飲めないし、宴会では俺だけいつも甘酒だ。おかげでボスにはいつも子ども扱いされてるよ。実際、俺が一番年下らしいんだが……」
「うふふ」
「あ、笑ったな」

 彼はふてくされたような顔つきで私を睨んだ。頬がわずかに赤いのは、この夕陽のせいではないだろう。
 いつもよりずっと幼い表情が可愛らしいと思った。その大きな体躯で甘味に夢中になってしまうことも。そんなことを口にしたら、彼はますますふてくされてしまうだろうか。

「……嬉しいの」
「え?」
「皓くんのことを知る度にね、私、ここがとてもあたたかくなるのよ」

 胸に手を置いて、私は目を伏せた。
 彼のことを、これからもっともっとたくさん知ってゆきたい。その度に私はあなたをいとしく思うだろう。私の胸は幸福で満たされるだろう。
 私はこれから彼のために生きよう。
 十五になって彼のお嫁さんになって、そして――。

「白桃」

 ふいに名前を呼ばれて、いつの間にか長いこと閉じていた瞼をはっと開ける。私と目が合うと彼は、見てごらん、とその視線を上へ向けた。

「まあ……」

 それは刹那的で、感嘆がこぼれてしまうほどの光景であった。
 夕暮れと夜が混ざり合う色の空に、ぽっかりと浮かんだ大きな月。冴え冴えと青白い光を放つ明るい満月だった。未だ祭りの賑やかさが衰えない地上では、風に揺れる木々が桃の花弁を空へと舞い散らし、より幻想的な雰囲気を醸し出している。

「――皓月」

 彼のほうを見やる。
 月の光を浴びるその横顔は、美しかった。彼が人であることすら、一瞬忘れてしまうほどに。

「皓月という名前は、俺が鴻洞会(コウドウカイ)に拾われたときにボスから貰い受けたものなんだ。俺の目は青く冴える明月のようだって。なんだか、大層な名前だよな」
「そうだったの……」
「ああ。それ以前は、単に『ラウ』っていうのが俺の名前だったんだ。俺の育ての親がつけてくれた俺の唯一の持ち物だ。……だからかな、大層な月の名前をもらっても、捨てられなかった。今は劉の字を当てて姓ということにしてる」

 鴻洞会というのは、彼が用心棒として身を置くマフィア団体だ。マフィアと聞くとひどく暴力的だけど、この寂れた僻地へ物資を流通する経路を確保したり、近隣から侵入しようとする物騒な輩を突き止めて排除する、実質この土地をせめて人々が暮らしていけるよう守るために暗躍している自警団的組織であることを、叔父や常連客のご婦人方からは聞いている。
 とはいえ、組織がまったく暴力的でないと言えば、それは嘘になるのだろう。そしてそういった行為の大方を受け持つのが、きっと彼なのだ。
 わかっている。今隣にいる白虎のように美しい彼だけが、ほんとうの姿でないことを。私に向けられるやさしいまなざしが、時には氷の刃のように冷たく研ぎ澄まされるのであろうことも。
 わかっている。ううん、私は、わかっているつもりになっているのだ。
 それでも、私は――。


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