待ちに待った、花祭り当日。
 約束の時刻に私を迎えに来た彼は、いつもと違う私の出立ちを見るや、淡青色の双眸を瞬かせた。

「……ど、どうかしら……」

 彼の視線が私の体を上から下まで往来する気配に、恥じらいからもじもじとしてしまう。
 私は、この日のために密かに叔父が(私が祭りに行くことをあんなに渋っていたのに)用意してくれていた服に袖を通していた。いつも着ている質素な生成りの衣ではなく、腰がきゅっと搾られて、裾は蕾のようにふんわりとした淡い桃色のワンピースであった。格好に見劣りしないよう、紅を差す程度に少しだけ化粧を施し、長い髪も丁寧に結っていた。もちろん、彼からの贈り物のあの桃の花飾りをつけて。

「驚いた。女性はめかすと見違えるなぁ」
「ほ、ほんとう……? へんじゃないかしら……」

 いつまでもうまく彼のことを見られないでいる私に、彼が小さく声を漏らして笑う。

「へんなわけない。まるでお姫様みたいだ」

 お姫様……。
 頬にぽっと熱が集まり、思わずそこに両手を当てた。頬紅の必要なんてなかったかもしれない。

「よし、じゃあ出発しようか」

 差し伸べられた大きな手に、そっと自分の手を重ねる。その瞬間から自分がまるでほんとうにお姫様になったかのようだった。

 茜丘の麓は浮き立つような喧騒に包まれていた。鳴り響く笛の音が、祭りの華やかな空気を一層彩っている。
 花祭りは、私の想像よりも遥かに賑わっていた。その光景を目の当たりにして私は思わず息を呑んだ。
 目で捌ききれないほどの人の数、軒を連ねるたくさんの種類の屋台。それと、この香り。砂糖菓子のような甘い香りに、つんと酸味のある香辛料の香り、小麦が焼かれるときのあの芳ばしい香り……。そこかしこに咲き乱れる桃の花の香りも合わさって、それらすべてが混在したこの空間は独特の世界を作り上げていた。

「すごい、すごいわ」
「ほんとうだ。夕方になってもこんなに人がいるとは思わなかったな」
「ねえ、皓くん、あれは何かしら? あ、あっちにも見たことのない食べものがあるわ。こっちにも……」

 年相応に飛び跳ねんばかりにはしゃぐ私を、彼が可笑しそうにして見ていた。はっと我に返って、羞恥でうつむくと、頭の上に手がのせられる。結髪を崩さぬようにか、いつもよりさらにやさしい手つきだった。

「大丈夫、今夜いっぱい祭りは逃げないよ」
「ご、ごめんなさい……。私、お祭りがこんなに賑やかだって思っていなくて……すごくドキドキして……」
「謝ることないよ。俺だって、おんなじ気持ちだ。すごくドキドキしてる」

 私と同じ表現を使って、繋ぎ直した手を無邪気にゆらしてみせる彼に、救われた思いだった。
 いつだって彼はそうだった。私の胸のうちなんてすべてお見通し、それでいてちっぽけな幼心を上手にすくい上げてくれる。だから私は、この力強い大きな手を永遠に離したくない、独り占めしたいなどという欲を肥大させてしまう一方であった。

 彼に手を引かれながら、屋台を端から吟味する。子ども向けの玩具や用途不明な雑貨などが並ぶなかで、食べものの屋台が特に多い印象だ。
 彼はまず、串に刺さったサンザシの飴がけに興味を示し、それを二つ購入した。一つを私に差し出して、さっそく先頭の艷めく果実にかじりつく。

「うん、うまいな」

 満足そうに彼が頷き、またサンザシをかじる。あっという間にそれを喰らい尽くしてしまった彼は、次は蒸したての白餡の饅頭、その次は胡麻団子、胡桃の焼き菓子、そして白玉団子の入ったとろみのある甘い飲みものと、まるで火がついたかのように次々と買っては食べを繰り返した。彼はそれらすべてを残さず完食した上で、ひとつひとつ感想を口にした(ちょうどいい甘さだとか、しつこくなくていいとか、だいたいどれも肯定的だった)。
 祭りを心底楽しんでいる彼の様子はほほ笑ましかったけれど、このままでは際限がない。新たな甘味の屋台を見つけてそこを目指そうとした彼の手を、私は慌てて引き止めた。

「皓くん! これ以上食べたら糖尿病になってしまうわ! そ、それに私、もう食べられないわ……」

 音を上げた私を見て、彼がようやく我に返ったふうに眉を下げた。

「ご、ごめん。どれも物珍しくて、つい」

 小さな私に向かってほんとうにすまなそうに、彼はこうべを垂れた。そもそも怒ってもいなかったのだけど、そんな姿を見ては絆されたような心地になる。


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