白紙の札に文字と陣を記すことで、ただの紙きれが炎や水、氷や雷といった自然事象を引き起こす《八卦の札》となる。特に秀でた力を持つ者であれば、死者の蘇生さえも可能とされてきた。
 白家は、代々占いや呪医術で人々を導いてきた神官の家系だ。《八卦の札》を操作する力を持つ者を多く排出してきた血筋でもある。百年ほど昔の大戦では、その力を駆使して大いに活躍し「神の使い」とまで呼ばれ崇められていたそうだ。
 けれど、それも過ぎた昨今の時代では、占いや呪医術は廃れ、またまともに《八卦の札》の力を扱える者も目に見えて減っていき、少しずつ衰退の一途をたどっていた。

 私――白白桃(ハク・ハクトウ)は、かつての大戦時代に栄華を極めた白家の一人娘として生まれた。
 私の故郷には色がなかった。朝も夜も雪がしんしんと降り続け、静寂の膜に覆われた四季のない土地。
 白の本家は、その土地のちょうど中心、盛者必衰の理を体現するかのような、時代に取り残された広いばかりの古い家だ。
 私には両親がいた。使用人だってたくさんいたけれど、私はその誰ともまともに言葉を交わした記憶がない。

「白桃、あなたはとくべつなのよ」

 これが唯一記憶している母の言葉。
 私は、実家では《白ノ巫女》という名のもとに神聖視され、物心ついた頃から外に出ることはおろか、人目に触れることさえ許されない生活を強いられてきた。
 もはや白家の者でも数少ない《八卦の札》を操る力を持って生まれたことで、それを庇護しようとする動きがより強固なものとなっていた為であった。
 自分が何者なのかも理解できず、簾越しの母の影に言われるままに白紙の札に文字や陣を記す。時々、部屋の小窓から色のない世界を眺めるばかりの、冷たさと静寂に殺されそうな日々だった。
 そんな永遠に続くと思われた生活に転機が訪れたのは、私が八つになった頃のことだった。
 家長の母が死んだ。そのまもなく、数人の使用人も立て続けに床に伏し、次々に命を落としていった。
 流行りの病だったことは後から知ったのだが、当時は、母が私を離れに閉じ込めたためだ、私の呪いだという噂がまことしやかに囁かれ、白家の内も外も混沌の渦に包まれた。家から逃げ出す者、外から罵声とともに石を投げつける者……。そのどちらにも共通していたのは、私に対する畏怖の感情、私の死を願う強い思いだった。たとえ私が幼くても、人目につかない場所に隔離されていても、人々の声なき声は身を突き刺す雪風の如く伝わってきた。
 そして、崩壊寸前の家を守るために新たな家長となった父がくだした決断は、私を手放すことだった。

 母の死後、私は父の実兄である叔父の王桃(オウトウ)のもとに引き取られた。
 叔父は、スラムのような寂れた土地で表向きは薬屋、裏では闇医者稼業を営んでいた。
 治安が悪いからと家の敷地から外に出ることは許されなかったけれど、叔父との二人暮らしは、私にとってはとてもとても自由なものだった。
 目につくものは桃の木ぐらいしかない、広い枯れた庭。そこに面した縁側で、私は毎日医術や料理や世界の言語、それに体術の専門書など、とにかくたくさんの本を読んで過ごした。たまに、白札に文字や陣を記して、ごく微小な自然事象を起こして遊んだこともあった。
 力を自らの意思で使うことは、実家ではずっと禁じられていたことだった。叔父はやさしく誠実な人で、私にたくさんのことを許してくれたし、たくさんのことをおしえてくれた。
 叔父のもとで育ちながら私は、《八卦の札》の使い方を少しずつ、ようやく理解していったのだった。




 劉皓月(ラウ・コウゲツ)という青年と出会ったのは、私が叔父の家に来て二年ばかりが経った頃だった。
 あるときから、年若い男性がこの家を訪れるようになった。彼は、薬を購入しにきたり、怪我の治療だったり、はたまた叔父と談笑をするだけであったり、目的は様々だけれど頻繁に叔父のもとへやって来た。
 私は、彼を一目見たときからとても心惹かれていた。力強い肉体にしなやかな長身、濡れ羽色の髪からのぞく淡青色の瞳はそれはそれは印象的で、まるで絵本で見たうつくしい白虎のようだと思った。
 叔父からは、彼はこの辺り一帯を統べるマフィアの用心棒の一人であると聞いた。でも「決して近づくな」とは言われなかったし、叔父と日頃楽しげに話す彼が人面獣心で暴力的な人間には、とても見えなかった。
 私は彼のことが気になっていたけれど、声をかけることすらなんだか恥ずかしくて、彼がやって来るといつも柱の陰からそっと様子をうかがっていた。

 そんなある日、叔父の留守中、私はいつものように縁側で本を読んで過ごしていた。
 ふと枯葉を踏む足音が聞こえたので、叔父が帰って来たのだと思い顔を上げたら、庭の桃の木の下に彼の姿があったのだった。
 彼は私を見つけると、すぐにこちらへ歩み寄ってきた。

「王桃先生はいないの?」

 穏やかでいてよく通る声で、彼は私に訊ねた。


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