鳥なのか猿なのか判別のつかない動物の声をBGMに、二人で目的もなくのんびりと歩き出す。吹き抜ける秋風が心地いい。若干ケモノ臭いけど。
雲ひとつない秋空の下、当たり前のように手をつないで杏ちゃんと動物園を歩いているなんて、なんだかしみじみとした気持ちになる。俺、生きててよかった……。
「今日、晴れてよかったね」
パンダ効果か、そこはかとなくご機嫌な杏ちゃんの横顔が一段とかわいくて、俺の心がとっても和む。入場料の件についても今は忘れているようだ。
「ね。それに、思ったより空いてるな。パンダのところにはいっぱいいたけど」
「わたしたちは休日だけど、世間は平日だからね」
「創立記念日ってありがたいよね」
道中見つけたベンチに腰を下ろし、そろそろ次の目的地を決めることにした。
「次なに見よっか」
「……わたし、見たい動物がいるんだけど……」
「じゃあそこ行こう」
園内マップのパンフレットを見ながら場所を訊ねると、杏ちゃんからううん、となぜか迷っているような声があがる。
「どうしたの?」
「たぶん、崎くんはそうとう気が進まない動物だろうから……」
「エッ?」
「だから、嫌だったらわたし一人でもいいからね」
「え〜と……なんの動物?」
「狼」
「……」
「……やっぱりわたし一人で行ってくるね」
「……いや、いやいやいや。俺も行きます」
「え、でも……」
「大丈夫だから、おかまいなく」
「いいの?」
「…………この手を離さないでいてくれるなら」
「……」
園内の隅に位置する狼の施設の前に移動した。
まるで荒野を再現したような施設内で、岩場に体を預けた大型犬が七、八頭(多くね?)、食後なのか、それぞれおだやかに眠っている。近くの看板には、【シンリンオオカミ】と書いてあった。
シンリンとは、森林という意味なのだろうか。だからこの施設も木陰にあるのか。なるほど勉強になる……。
「……崎くん」
「……」
「崎くん、手汗が……冷たい手汗がすごい」
「……ごめんなさい」
「わたしはいいんだけど……」
情けないことこの上ない。そんなことはわかってるんだけど、この華奢な手がどうしても離せない。
狼、イコール犬だ。ものすごく逃げたいというのが今の俺の正直な心境である。でもいい加減、耐性をつけたい。せめて杏ちゃんの前では。そもそも噛まれた記憶もないのに、なんでこんなに苦手なのか心底謎だ。
「興味深い……」
そっと隣を窺うと、杏ちゃんはまっすぐ前を見つめている。狼の群を凝視するその目が、気のせいだろうか、やけにキラキラとして見えるのは。
杏ちゃんはちっともこわくないんだな……。
素敵だ、と思うのと同時に、自分の情けなさに拍車がかかる。
ふいに杏ちゃんが顔を上げた。目が合うと、堪え切れないというふうに、ふふっと笑い出す。
「ん? なに?」
「崎くんがいっぱいいるなって……」
「……」
「ごめんね。悪気はなくて……でも、つい……ふふふ」
「……そんなに似てる?」
まあたしかに犬っぽいと言われなくもないけど(主に拓実とか樹ちゃんとか)。
俺にはよくわからないけれど、でも楽しそうに笑っている杏ちゃんを隣で見ていられるのなら、パンダに嫉妬しようが苦手な狼を前にしようが、俺は幸せだ。過去の俺におしえてあげたいくらいに。
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