「大人二枚ください」

 俺たちは高校生は、ここでは大人に分類されるらしい。
 動物園って意外と入場料安いよな、と思う。金のない学生には非常にありがたいけれど、運営的には大丈夫なんだろうか。ゾウのエサ代とか。
 そんなだいぶ余計なことを考えつつ、二枚のチケットのうち一枚を杏ちゃんに差し出した。

「ありがとう崎くん。八百円だよね、ちょっとまってて……」
「いいよいいよ」
「だめ。お互いまだ学生なんだから」
「……今日は俺に払わせてほしいな」
「どうして?」
「え〜と……」

 どうして? と、真正面から訊かれるとちょっと困る。
 素直な理由としては、「ずっと杏ちゃんを動物園につれてきてあげたかった」からだ。夏休み前に約束した――元はと言えば、小学生の頃に「いっしょに行こうね」と話した、俺にとってはある意味思い入れのある場所だから。
 それに、今までせいぜい飲みものぐらいしか杏ちゃんに奢った記憶がないので、せめてこの場所は俺がいい顔したい。
 ただ、俺の矜持のようなこの理由を、律儀で真面目で俺より年上(一つだけど、杏ちゃんはなぜかけっこうこだわっている)の杏ちゃんが納得してくれる自信が正直ない。
 なので、無垢な目で俺を見てくる杏ちゃんの頭をポンポンとなでて、いこ、と半ば無理やり手をとって歩き出してしまう。案の定、怒ったような声で「崎くん!」と呼ばれるけれど、笑ってごまかした。

 ガラスの向こう側で、まるでぬいぐるみのような白黒の動物が二頭、無邪気にコロコロとたわむれている。
 パンダだ。

「かわいい……」

 俺の隣で、杏ちゃんがうっとりと吐息交じりに呟いた。

「ふあああっ! 崎くん、みたっ……!? 今コロンってなった! コロンって! かわいいね!」
「エッ? あ、あ〜うん、かわいいね……」
「ああっ、かわいいっ、かわいいよぉ……っ」
「…………」

 俺はぶっちゃけパンダより、それに夢中になっている杏ちゃんがかわいいと思う。
 さっきまでの「入場料はあとでちゃんと払うから」とぷりぷりしていた姿とは打って変わって、今の杏ちゃんはすっかりとろけた目をして屋内施設の双子の子パンダたちに夢中だ。どれくらい夢中かというと、聞いたこともないはしゃぎ声をあげながら、飛びまくるハートが可視化できるくらいに夢中だ。ほんとに好きなんだな。

「はううう……かわいい……むねがくるしい……」
「…………」

 なんていうか、まるで好きな男を見つめるかのような、恋する女の子の顔をしている。
 ていうか俺、今まで杏ちゃんにこんな顔向けられたことあったっけ……。デート真っ最中なはずなのに、若干むなしい気持ちに襲われる。
 子パンダの施設の前にはどんどん見物客が増えている。なにしろこの動物園の看板的存在だ。まさに客寄せパンダ。そんな感心もそこそこに、そろそろ移動したほうがいいかも、と杏ちゃんに促す。

「子パンダちゃん、さよなら……」
「…………」

 そんなこんなで屋内施設を後にして、ひとまず外に出た。
 杏ちゃんはまだ熱が冷めやらぬ様子で、林檎みたいに赤くなった頬を両手で押さえている。

「はあ、かわいかった……天国だった……ハアハア……」
「はは……杏ちゃん、大丈夫? なんか酸欠みたいになってるよ?」
「だいじょうぶ……じゃない」
「エッ」
「もうこのまま死んでもいい……」
「…………」

 嫉妬深いさそり座の男だけど、まさかパンダに嫉妬する日が来るとは思わなかった。

「……はあ」
「どうかした?」
「杏ちゃん……俺、人間のオスでごめんね」
「え?」
「来世はぜったいパンダになるから……」
「なに言ってるの……」

 呆れたような、いくらか温度の下がったいつもの杏ちゃんの声を聞いて、気を取り直す。

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