「……崎くん」
「んー?」
「や、やっぱり、おりる……」
「ダメ〜」

 ダメ〜て。なんでそんなにうれしそうなの……。
 帰り道、わたしは崎くんにおぶられて、死ぬほど恥ずかしい思いをしている。このまま一生顔を上げられそうにない。数十分前のわたしは、なんでこの背中に乗ってしまったのか。わからん。

「……」

 わからない、けれど、すごく安心する。
 恥ずかしくて、ドキドキして、安心するなんて、まるで一貫性がない。なんだか今日は情緒不安定だ。
 カラコロと下駄底が鳴る。わたしのものではなく、崎くんものだ。そういえば崎くんも下駄を履いていたのだっけ、改めて思う。
 ほんの少し顔を上げると、目の前に崎くんのえりあしがある。毛先がぴょんと跳ねている。汗と制汗スプレーが混じったようなにおいがして、思わずすん、と鼻を動かした。

「……汗臭かったらごめん」

 今さらだけど、と崎くんが言ったので、慌ててかぶりを振った。

「へ、へいき……」
「……軽いな」
「え、なに?」
「なんでもないっす」
「……?」

 駅までという約束だったのに。
 崎くんは、わざわざ遠回りしてわたしの最寄り駅の緑坂駅で下車して、そこからまたわたしをおぶってくれた。
 着いたよ、と言っておろされた場所は自宅のマンションの前で、結局駅、電車を除いた道中、わたしはずっとおんぶされていたのだった。

「あの、崎くん……今日はほんとにごめんね」
「いいって。足、お大事にしてください」
「……ありがと……」

 わたしは崎くんを見送るつもりで、この場から動かずにいた。けれど崎くんも、なかなか動かないでいる。
 じれったいような沈黙が流れる。と、視線の先で腕が動いて、崎くんの手がそっとわたしの手をとった。大きな体が屈んだのを見て、息を呑んだら、まもなくキスされた。

「――ん」

 離れたと思ったら、磁石みたいにまたふれられる。二度目のキスは少し長くて、息の仕方がわからない。……く、くるしい。
 今度こそお互いの口が離れた瞬間ぷは、と息を吐き出したわたしを見てか、崎くんが小さく笑った。

「今度は、ふたりで来よう」

 熱い息が耳元にかかった。そのまま、じゃ、おやすみ、と崎くんの体が離れていく。
 藍色の浴衣姿が通りの角を曲がるまで、わたしはふやけた心地でずっと立ち尽くしていた。
 心臓が、まるで花火みたいに鳴り続けている。



16.7.20

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