「あ、花火……」
「おお、すげー」
言いながら、崎くんがわたしの隣に座った。
花火は次々と、休む間もなく空へ打ち上がる。どこからか、「たまやー!」と叫ぶ子どもの声が聞こえた。
「なんだ、ここでも充分見られるな」
「うん……。意外と穴場スポットだったかも」
ふたりで小さく笑い、このままこの場所で花火を観賞することにした。
七瀬と森くんも、無事に花火見れてるかな……。
「俺、ちゃんと花火大会で打ち上げ花火見るのはじめてかも……」
花火を見上げながら、崎くんが呟いた。
「そうなの?」
「うん、あんまり興味なかったから」
「……崎くんってちょいちょい意外なこと言うよね。お祭りとかすごい好きそうなのに」
「はははっ。でも今日は、すごい楽しみにしてたんだ」
来てよかった、と、ほんとうに心から思っているような無邪気な声と横顔だった。花火の光に照らされたそれを目の当たりにしたら、わたしもうれしくなって、頷いた。
きれいだね。うん、きれい。
ぽつりぽつりと言い合いながら、わたしたちはどちらともなく手をつないでいた。
「……杏ちゃん」
ふと、崎くんがわたしを呼んだ。
そちらをふり向くと、崎くんは横顔ではなく、まっすぐわたしのことを見ていた。
「浴衣、似合ってる」
「……」
「……ごめん、ほんとはちゃんと最初に言いたかったんだけど……今日の杏ちゃん、殺傷能力が……」
「……七五三みたいじゃない?」
「なんで、みたいじゃないよ」
「ほんとに?」
「ほんとに。……きれいです」
崎くんが言う。少し照れたように。
「……ありがと」
崎くんから視線を逸らして、唇を噛む。そうしていないと、だらしなく顔がゆるんでしまいそうだった。
胸がいっぱいで、花火すらろくに見られずに、だからずっとわたしは、崎くんの手を握っていた。
花火が終わると、お祭りも終わりの空気が漂う。
最後に、と崎くんはわたしにあんず飴を買ってきてくれた。名残惜しむようにふたりでそれをゆっくり食べた。食べ終わる頃には、帰宅ラッシュのピークを少し過ぎたようだった。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだね」
「じゃあ、どうぞ」
どうぞ、と言って、崎くんが突然わたしの前に背を向けてしゃがんだ。
いや、どうぞと言われても。
「え……な、なに?」
「足痛いでしょ? どうぞ、乗ってください」
「え゛っ! そ、そんな、絆創膏貼ってもらったし、歩けるから……!」
と言いつつ、目の前の大きな背中を見ていたら、うずうずとわきあがってくる気持ちがあるのだった。
いやいやいや、さすがにダメ。これはダメ。
ピークを過ぎたとはいえ、帰り道はまだ人がたくさんいるだろうし、お、おんぶなんて、恥ずかし過ぎる。これ以上醜態を晒すなんて……。
「……え、駅までで、いいから……」
わたしのばか。
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