『まもなく十九時半より打ち上げ花火を開始いたします。ご来場の皆様はぜひ――……』

 アナウンスが流れると、屋台通りの人混みがみるみる捌けていった。みんな花火の為に見晴らしのいい場所へ移動するのだろう。
 そんななかでわたしは、歩道から外れたベンチに座り、わたしの前に跪く崎くんのゆれる頭をまだ涙でにじむ視界にぼんやりとうつしていた。
 おそらくトイレに行く前に無理に早足で歩いたせいだろう。下駄の鼻緒が擦れて、足の親指から血が出てしまったのだ。崎くんはそれを、濡らしたハンカチでていねいに拭いてくれていた。

「……さきくん」
「ん? しみる?」
「……ごめんね……」

 情けない、と思う。
 とんだ醜態を晒してしまった。いや、現在進行形で晒している。
 靴擦れ程度で泣くなんて、小さい子どもじゃあるまいし。それでも崎くんは穏やかな声でいいよいいよ、と繰り返す。

「杏ちゃんの手当てができるなんて、すげぇうれしい」
「……」

 うれしみどころがよくわからないけど、まるで思い出にでも浸るようにしあわせそうに言われたら、返す言葉もない。
 崎くんは、傷に絆創膏(わたしの私物だ。さっき渡したのだ)を貼って、はい、いいよ、とわたしを見上げた。

「……」
「……まだ痛む?」
「……崎くん」
「ん?」
「幻滅した……?」

 崎くんが目をまるくする。

「どうして?」
「……だって、子どもっぽいよね、わたし……」

 わたしは恥ずかしくて、うつむいてしまう。崎くんの顔がとても見られない。
 さっき泣いてしまったのは、ほんとうは靴擦れのせいなんかじゃなかった。崎くんと手をつなげたらなんだか急に安心して、同時に自分が恥ずかしくて、かなしくなってしまった。いろんな感情が一気に押し寄せて、思わず涙があふれてしまったのだ。
 せめて崎くんの前では大人っぽくいたいのに……。

 ――ドン!

 と、そのとき、周囲に割れんばかりの大きな音が響いた。
 崎くんとそろって空を見ると、また爆発音とともに、夜空に色鮮やかな大輪の花が咲いた。

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