公衆トイレを出ると、近くのベンチに崎くんが座っていた。すぐにわたしに気づいて、腰を上げてこちらへやってくる。
「杏ちゃん、大丈夫? 遅かったから……」
「え、あ、ごめんね。だいじょうぶ」
トイレ混んでて、と理由を述べると、崎くんは安心したように笑顔を見せた。そして、じゃ、いこっか、とごく自然な動作で、わたしに手を差し出す。吸い込まれるようにその手にふれると、やわらかく包み込まれた。そのまま並んでゆっくりと歩き出す。
「崎くん……七瀬と森くんは?」
「後半は別行動ってことで」
「えっ」
「……やだ?」
ふり向きざまに聞かれ、首を横にふる。
嫌なわけない。けれど、今日はずっと四人で行動するのだと思っていたから、こんなふうに突然ふたりきりになるとは、と少しだけ緊張してしまう。
もう何回かつないだことのある手なのに、崎くんの手はやっぱり大きくて力強くて、未だに胸が高鳴る。それに不思議と安心する。
七瀬も、今頃森くんと手をつないだりなんかしているのかな……と、ついつい想像した。
「そういえば……崎くん、森くんと仲いいね」
「え、そうかな? でも俺、森先輩好きだよ。おもしろいし、いい人だよね」
「……そう?」
思わず仏頂面になる。
七五三と言われた恨み、忘れてなるものか……。
「……」
「杏ちゃん?」
「……っひ」
「エッ?」
「ふっ、う、ううぅ……」
「え、え!? 杏ちゃん!?」
崎くんがにわかに慌てた声をあげる。
わたしは、崎くんの手を握りしめたまま、みっともなく涙をこぼしていた。
ほんのちょっと前までは、コンプレックスというほどたいして気に留めたことなんてなかった。
身長が低いだとか幼児体型だとか童顔だとか。たしかに本棚の高い場所にある本が取れないとか、ジーンズの裾は必ず詰めないと穿けないのは困るけど、言ってしまえば困ることなんてそのくらいだった。
でも、今は違う。どうしても気にしてしまう。
すきなひとから自分がどんなふうに見えているか、ちょっとでも大人っぽくうつっていたらいいとか、そんな些細なことが、気づいたらものすごく気になるようになっていたのだ。
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