慣れない浴衣と下駄で歩きながら、ようやく菫橋が見えてくると、橋の袂からこちらに手を振っている森くんの姿が見えた。
近づいていくと、森くんが浴衣を着ているのに気づく。チャコールグレーの生地に白い格子柄の、とても高校生が着る浴衣に見えないくらい渋いけれど、実際森くんには似合っているし、見慣れている感じもする。
「よお、お嬢さん方!」
「よお、じゃねーよ。なにあんた、浴衣着てきたんだ? へー、案外様になってんじゃんか」
「だろ? まあ、着慣れてっからな」
そういえば、昔から森くんは、実家にいるときはよく和装していたっけ。なにしろ家柄が家柄だし。
「七瀬さんこそ、素敵じゃない。惚れ直しちゃう」
「……そりゃどうも」
「おっ、杏ちゃんもかわいいぜ。七五三みたいで」
「…………」
七瀬が森くんの足をガッと蹴る。わたしも思いっきりしかめっ面を返すと、冗談冗談、と森くんはちっとも悪気なさげに笑うので、ぷいっとそっぽをむいた。
それはそうと、さっきから妙に静かとゆうか、森くんの陰でウドの大木のごとく景色の一部になっている崎くんの存在がものすごく気になる。森くんもそれに気がついたらしく、なぁ〜に照れてんだよ!と、崎くんの背中をバシッと叩いた。それに押されるかたちで、崎くんがようやく陰から姿を現した。
――あ。
「……照れてないっすよ……」
「あ。なんだ、崎くんも浴衣じゃん。それ自前?」
「俺のレンタルしてやったんだよ。崎クン一人だけ普段着じゃ寂しいかな〜と思って」
「俺は普段着でよかったんすけど〜……」
「いつまでもじもじしてんだ君は! ほら杏ちゃん、崎クン男前だろ? なあ?」
ここで今日はじめて崎くんと目が合った。
深い藍色に縦縞模様の浴衣を着た崎くんが、わたしに向かってぎこちなくほほえむ。
「……崎くん、似合ってるよ」
素直に口にする。
ほんとうに、すごく似合っている。森くんの言葉を借りるのはなんだか癪だけど、ほかに思い当たらないくらいだ。
「男前だね」
「あはは……ありがとう。……杏ちゃんも、」
と、崎くんが口にしかけた言葉を遮るように、わたしたちの頭上で花火の音が一度、聞こえた。
「……え?」
「あれ? もう花火始まり?」
「いやー、花火は十九時半からだぜ、たしか」
「テストかなんかじゃないっすか?」
四人そろって見上げた空はまだだいぶ明るく、続いて花火が打ち上げられる気配もない。崎くんの言った通り、テストだったのかもしれない。
まるでお祭りの開始を告げるような音をきっかけに、わたしたちは誰からともなく目的地へと歩き出した。
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