新緑の初夏から、ジメジメした梅雨、そしてセミが喚く夏になると、杏は前よりも少し、崎くんとの距離が近くなったみたいだった。
あたしと杏の関係はとうと、特に変わっていない。一人で憂鬱になっていたり、森林の前で泣き顔さらしたのがアホらしく思えるほどに。
終業式の日、杏は崎くんと帰るというので、あたしはじゃあほかの誰かと帰るか、と夏休み前の浮かれた教室を見回していたら、
「オネエサン、暇なボクといっしょに帰りませんか〜」
森林に肩を叩かれた。
わざと渋い返事をしたら、帰りに冷たいアイスでもいかが、と甘い餌を目の前にぶら下げられ、仕方がないので了承した。
茹だるような真昼の通学路。
下校中の生徒の波が途切れ、木陰の下で気持ち涼し気な風が吹き抜けたときだった。
「俺さあ、七瀬のこと好きだから」
「へっ?」
「付き合いたいと思ってっから」
「……え? え? なに? 冗談? あははははウケんだけど」
うん、まったくウケない。
唐突に何を言い出すんだこいつは。もしかして熱中症? 頭やられた? そんな防具になりそうな頭してるくせに?
岩石のようにガッチガチに固まった表情筋で、あたしが乾いた笑い声をあげていると、森林の顔つきが変わった。
授業中でも見たことのないクソ真面目な顔で、森林はあたしを見据えながらすっと息を吸った。
「七瀬さんのことが好きです。僕と結婚を前提にお付き合いしてください」
と、一息で言った。
あたしは、とうとう言葉を失った。
頭の中がゲレンデかってくらい真っ白になる。でも、なにか答えなきゃいけない状況なことはわかる。わかるぞ。
けど、答えるってなにを? ていうか、これって告白? あたし告白された? 森林に? 鳥の巣頭に? つうかこいつ今ケッコンとか言わなかった? 結婚? いや、血痕……?
なにか、答えなきゃ。
とりあえず思い浮かんだことを、そうだ、とりあえず、なにか――。
「あたしもすきです」
ぼろっと言葉が出た。
あの日屋上で、この男の前で涙が出たように。
16.7.1
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