質問には主語が足りてなかったけど、森林は察したらしかった。
「杏ちゃんが決めたことなら、それが一番だろ」
杏ちゃんのあんな顔はじめて見たしな、と言った森林も、おそらくあのときあたしが思ったことを、思ったのだ。あたしは、頷く。
森林の言うとおりだ。杏が決めたんだから、あたしたちは応援すべきなのだ。なにより杏のあんな顔を目の当たりにしてしまったら、応援できないわけがない。
でも森林は、こんな気持ちを抱いてはないだろう。
「……俺さあ」
何も言えないでいたら、森林が沈黙をやわらく破った。
「いちおう、ガキんときから杏ちゃんのこと知ってるし、勝手に兄貴分ぶってる俺としては、杏ちゃんのことはそれなりに心配だったのよ」
「うん」
「ほら、あの子愛想いいタイプじゃないし、でも男にけっこー人気あるのにちっとも気づかないところとかさ、勉強できるのに、なぁんか危なっかしいっつうかさ」
「……うん、すげーわかる」
「でも、ちょっと安心したんだよ。七瀬みたいな子が友だちだってわかったとき」
「は……?」
「こんな友だち思いのやさしい子が友だちで、ってさ」
この鳥の巣頭は、何を見てあたしのことを“やさしい”などと言うのだろう。
やさしいはずがない。やさしくなんか、ない。ぜったい。だって、やさしい友だちだったら、あのとき杏に「おめでとう」って言えてたよ。
「きっとこれから、今までより七瀬が必要になるだろうからさ、杏ちゃんのこと見守ってやってな」
「……そうかな。崎くんがいるんだから、あたしが見守ってやる必要なんてないんじゃないの」
「んなこたねーよ。たぶん俺じゃダメだろうし、あなたにしかできないことですよ」
「……なんでよ」
「だって、杏ちゃん言ってたぜ。『七瀬は一番の友だちなの』って」
なあ? と、笑いかけられた。その顔を見たら、我慢していたわけでもないのに、ぼろっと涙が出てしまった。
不覚すぎる。こんな鳥の巣頭の前で泣き顔晒すとか、なんという不覚だ。
でも涙はぼろぼろだし、止まらないし、ていうか鼻水まで出るし、森林は笑いながらあたしの頭をぽんぽん叩いてくるし。
なんだよ、見透かしたようなこと言いやがって。チクショー。
この日、あたしは人生ではじめて男に頭をなでられたのだった。
握手を交わしたときも思ったけれど、森林の手は見た目通りでかくて、案外やさしい手だった。
そしてこの日のことは、とても杏には言えなかった。
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