ある日、杏がめずらしく男子と親しげに話しているところを目撃した。
くしゃくしゃの鳥の巣みたいな頭をした、背の高い男子。うちのクラスの男子ではない。あの頭は何度か見かけたことがあるような気はするけど、クラスも名前もわからない。
「杏、誰? さっきの」
知り合い? と訊くと、杏は微妙な顔で、ううんと唸る。
「知り合いというか……」
「まさかカレシ!?」
「ちがうちがう。カレシなんていたことないし」
「ふーん……? てか杏ってさ、どんな男がタイプなの? あたしらそういう話したことなかったよね」
「……興味深い人?」
「もっと具体的に」
「わからん。だって考えたことないし」
「考えたことないって、あんた女子高生のくせに……。植物とパンダしか興味ないのかよ!」
「んなことゆったって……。じゃあ七瀬は? 参考にするから」
「あたし? そうだな〜、ヒュー・ジャックマンとか」
「レ・ミゼラブルよかったよね」
「ゲイリー・オールドマンもいいな」
「ハリポタ……シリウス……」
「でもやっぱ一番はアル・パチーノかな!」
「……ゴッドファーザー?」
結局そのときは海外俳優の話題で盛り上がってしまい、杏とあの男子との関係についてはすっかり忘れてしまったのだった。
あたしたちは二年に進級した。
新しいクラスで、あたしはまた杏と同じクラスになれた。それから、あの鳥の巣頭の男子とも。
森林亜門。一度聞いたらなかなか忘れられない名前だ。亜門って、いったいどういう由来で名づけられたのだろう。
ともかく、鳥の巣頭、もとい森林は、教室で杏を見るなり「よお、杏ちゃん!」と愉しそうに笑った。
「三年は持ち上がりだし、よろしくな。よーしよしよし」
「森くんやめて」
「なによあーた、他人行儀ね〜。昔みたいにあっくんって呼びなさいよ」
「イヤ」
杏のことを親しげに「杏ちゃん」と呼び、ぐしゃぐしゃと杏の髪をかき回す森林。
杏は前に「カレシじゃない」と言っていたけど、ただの友だちにしては親しい仲にみえる。森林曰く、昔は「あっくん」だなんて呼んでいたらしいし、元カレとか? いやでも、杏、男と付き合ったことないって言ってたし……。
と、二人のやりとりを前にモヤモヤとしていたら、森林の視線があたしにうつっていた。
「七瀬さんも、よろしく」
森林はにかっと笑うと、あたしに向かってでかい手を差し出してきた。
「……ど、どーも……」
よろしく、とぎこちなくその手を握る。
あたしだって、杏のことを言えない。
男と付き合ったことなんかないし、こんなふうに男と握手をする経験だって、覚えてる限りでははじめてかもしれない。
森林の手は、女にしてはでかいあたしの手よりさらにでかく、包み込まれるような感覚をおぼえた。なんか、へんな感じだ……。
このあと杏を問い詰めたら、森林とはイトコ同士であることを白状した。
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