ふいにうしろのほうから声がして、崎くんと二人して振り返ると、校舎の渡り廊下のところから樹さんと、崎くんの友だちで柔道部の佐々木くんの姿があった。

「あっ、杏センパ〜……」
「邪魔するなよ」

 こちらに振りかけた樹さんの手を、佐々木くんがつかんだ。そのまま樹さんの手を引いて去っていく。最中、わたしと目が合った樹さんが照れくさそうに笑い、小さくペコッと頭を下げた。

「同じクラスのオトモダチ」

 と、崎くんが言う。

「女子のほうの……あ、樹ちゃんっていうんだけど」

 わたしに話し始めた崎くんに、ああそうか、樹さんには前にわたしと話したときのことは黙ってもらっていたんだった、と思い出した。
 言うべきか逡巡して、とりあえず今は黙って崎くんの話を聞くことにした。

「樹ちゃんのね、ときどき相談のってたんだ。好きな人いるっていうんで」
「……うん」
「そいつが、俺の友だちだからって。まあ相談というかほぼ励ましみたいなもんだったけど。……で、なんか俺の知らない間にいつのまにか付き合ってて」
「そうなんだ……」

 そうか。樹さん、うまくいったんだ。
 さっきの樹さんの照れくさそうな笑顔を思い、ごく自然な気持ちで、よかった、と思えた。だから素直に、よかったね、と崎くんを見た。崎くんは頷いたけど、かといって特にうれしそうには見えない。口元だけはほほえんで、実際しっくりいっていないような、微妙そうな面持ちでわたしを見た。

「女子ってわからん」

 崎くんが、軽く小首をかしげた。
 その仕草と言い方が、たぶん、はじめてここでいっしょにお昼を食べた日の、わたしを真似たのだとわかった。
 わかったら、可笑しくなった。思わずふふっと声をあげて笑った。
 と、崎くんが、ふいにわたしの顔を覗き込んだ。そして……。

「――……」

 ほんの一秒間、わたしの唇に、崎くんの唇がふれた。
 お互いの息がかかるほど間近で目が合うと、崎くんが笑った。胸がいっぱいになるくらい、やさしく。

「杏ちゃんが笑ってると、俺は人生最高にうれしい」

 日本語おかしくないか。
 ……まあいっか。

「……ひまわり」
「ひまわり?」
「裏庭のひまわり、咲いたよ」

 見にいく?
 すぐそこにある大きな右手に、そっとふれた。
 


end
16.6.27

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