長引くHRの最中、ついうたた寝していたら夢をみた。ような気がする。
すでに遠ざかる夢の記憶の端々で、誰かの手をつかんだような、そうじゃないような。
ぼんやりと、視界の端に森くんの森のような頭がうつった。思いっきり猫背になりながら、机の下で漫画本かなんかを読んでいる。七瀬は、真うしろだから様子は窺えないけど、起きているような気配はあった。
と、スカートのポケットの中で、スマホがふるえた。机の下で、取り出したスマホの画面をタップする。メッセージが三件。
『今日いっしょに帰りましょう』
『あ、』
『ちょっと部室寄ってくので、まっててください』
……なんで敬語?
わたしは指を動かして、それらに対してのメッセージをひとつ送信した。
『中庭で、まってる』
いつのまにか梅雨が明け、蝉が鳴いている。
七月の下旬。今日は終業式だった。明日からとうとう夏休みだ。補講があるけど、ともかく。
中庭の、ちょうど木陰になっているベンチに座る。下校ラッシュのこの時間、周囲に人影はなくても、生徒たちの喧騒がそこかしこから絶え間なく耳に届いてくる。
「夏だな……」
などと、陳腐な言葉をつぶやいたとき、視界にふっと影が落ちた。
「杏ちゃん」
杏ちゃん、とわたしの名前を呼んで、紺碧の空を背景にした崎くんの笑顔が、いつのまにかそこにあった。
半袖のワイシャツの袖をさらにまくりあげ、スラックスの裾もロールアップした完全に夏仕様の制服姿の崎くんは、おまたせ、と言って、手にしている二本のペットボトルの内一本を、わたしに差し出した。
「ありがとう……」
「図書室とかでまってたらよかったのに。暑くない?」
「うん……でもすぐ来るかと思って」
言いながら、受けとったペットボトルの蓋をひねり、一口飲む。冷たい乳白色の甘さが体中に染みていく。
牛乳は苦手だけど、カルピスはすき。
いつだったかそう言ったら、崎くんは笑ったんだっけ。おぼえとく、と付け足して。
「夏休みだね」
特別はしゃぐふうでもなく、いつもの穏やかな口調で崎くんが言う。わたしの隣に腰を下ろし、健康ミネラル麦茶をあおる。その横顔を見つめながら、いいな、と思った。何がどういいのかわからないけど、崎くんの横顔は、なんだかいい。
「……どっかいく?」
「んっ?」
夏休み、とわたしが付け足すと、崎くんがこっちを見た。そして、少し考えるように視線を泳がせたあと、動物園?と言った。
「動物園……は、秋頃がいいかも」
「秋? なんで?」
「秋頃にね、一番近所の動物園で双子の子パンダが公開される予定なの」
「そうなんだ。じゃあ夏はどこいく?」
「水族館とか」
「うん」
「お祭り、とか……」
「行きましょう」
うずうずとくすぐったいような心地で提案していると、ほんのり頬が熱くなっていく気がした。いつまでも暑い場所にいるからだ、きっと。もう一口、カルピスを飲む。
「あれっ、崎?」
- 51 -
{ prev back next }