帰り際、俺たち同様高校見学にやって来たのか、校門から入ってきたセーラー服の女生徒たちとすれ違った。
 そのとき、何か引っかかるものを感じた。後ろをふり返ると、女生徒たちのうちの一人に目を奪われる。長い髪をポニーテールにして、小柄で、やせっぽちの……。

「杏ちゃん」

 仲間に呼ばれて、彼女はそちらへ向いた。俺からは横顔になる。

「どうしたの? ぼーっとしてたよ」
「あそこの花壇きれいだなって……」
「杏ちゃん、ほんと花好きだね〜」
「うん。去年も見学に来たけど、やっぱりこの学校受かりたいな。そんであの素敵な中庭でごはん食べるの」
「あはは。わかる、憧れるよね。杏ちゃんなら合格余裕でしょ。先生も言ってたじゃん」
「念には念を入れて勉強するし」

 彼女らのやりとりをぼんやりと眺めていたら、前を歩いていた拓実が、崎! と俺を呼んだ。その声で我に返った。

「どうした? ぼっとして。熱中症か? おまえがぶっ倒れても支えきれないぞ」
「……拓実」
「なんだよ」
「第一希望ここにする、俺も」

 はっきりと告げると、拓実があからさまに目を剥いた。

「どうしたんだよ、急に……。どこでやる気スイッチ入った?」
「理由はまあ追い追い……」

 なんだそりゃ、と呆れまなこの拓実は、「無理だ」とか「考え直せ」だとかそういう類のことを口にはせず、ややあって諦めたようなため息を一つだけついた。

「……今日から死ぬ気で勉強しないと、受からないぞ」
「うん、だから勉強おしえてよ」
「ふざけんな! おまえの勉強って、一年からの総復習になるだろうが!」
「ははは。いいじゃん、死ぬ気でやるし」
「……落ちたら背負い投げだからな」
「押忍」

 帰り道、俺は何度も振り返りたかった。
 白昼夢とか、夏の幻ではないかという疑いが、何度も頭のなかを交差した。けれど、振り返ったらいよいよその通りになる気がして、ただただ前を向いて歩いた。

 それから宣言通り死ぬ気で勉強して、俺は無事東園高校に入学した。
 とはいえ彼女と接触するでもなく、陰からそっと様子を窺うというだけのまるでストーカーのようなことをしていた。
 姿を拝めてしあわせだけど悶々とした日々の最中、部活のOB(今でもよく部に顔を出しに来るのだ。しかもなぜかわりと気に入られてしまった)の一人から連絡が入った。内容を聞いて正直乗り気じゃなかったのだが、先輩相手に断るのもめんどうで、飯を奢ってくれるという言葉を原動力に、とりあえず指定された場所に顔を出した。
 そして俺は、心底先輩に感謝することとなった。


 やり直せるかもしれない。また、彼女との出会いを。
 指先についたソースを舐めた、なんにも知らないような横顔に、俺は勇気を振り絞って声をかけた。

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