あのパンダ事件以来、児童館に行けなくなった俺は、もう死のう、と思った。
 罪の意識から、一度風呂で溺れてやろうと目論んだことがあった。しかしすぐに父ちゃんに見つかって、母ちゃんにゲンコツを食らった。いっそ殺してくれと懇願したら、死ぬほど往復ビンタを食らったけど、どういうわけか死ななかった。
 そして、死ぬ勇気がないままズルズルと小学校高学年になった。

 三年生になった頃すでに学校で一番身長がでかくて、そのあたりから他校の上級生に絡まれるようになった。「なに見てんだよ」とテンプレの因縁をつけられるときもあれば、悪いときはカツアゲだ。
 最初に絡んできたやつを殴り返したのが悪かったのかもしれない。それが癖になってしまった。元来めんどくさがりなので、相手のほうが小さければそうしたほうが早い気がしたのだった。
 そんなふうにしょっちゅう喧嘩をしていたら、不良だとか言われてますます周りから疎まれるようになっていた。幼なじみの樹ちゃんも(通っていた柔道場を辞めてから機会はめっきり減っていたけど)、最近はよりいっそう話しかけてこなくなった。
 喧嘩ばかりするな、と俺のことを叱ってくれるのは、母ちゃんと、近所の花屋の水樹おばちゃんだけだ。

「杏ちゃんにあいたい……」

 たまにものすごく、猛烈に杏ちゃんが恋しくなった。
 会いたいけど、でも会いたくない。ふたつを天秤にかけたら、僅差で「会いたくない」が勝った。今の俺を見たら、杏ちゃんもさすがにこわがって、俺のことを嫌いになるだろう。パンダ事件ですでに嫌われてしまったけど……。

『天使に嫌われた日から、俺の人生はなんだかひどくなったみたいだ』

 恋しさから徒然なるままに連絡ノートに書いたら、うっかり消すのを忘れて、担任と母ちゃんにダブルで見られた。後日両サイドから「おまえは詩人になりたいのか」と真顔で訊かれた。頼むから誰か俺を殺してくれ。

 梅雨の時期、もはや恒例の喧嘩のあと夕立に降られて、最悪の気分で公園の東屋で雨宿りをしていた。
 傷だらけのランドセルを下ろし、乱れた呼吸を整える。口の中が切れていて鉄の味がする。でもそれよりも、手の甲が、相手を殴ったときに何か金具のようなものに当たって、擦りむけてすげえ痛い。
 今日はもうほんとうに最悪だった。
 相手のガタイがよくて、しかも四人もいたので、途中でリーダー格のチンコ蹴ってそのまま逃げた。
 というか、小学生一人相手に対して中学生四人ってどうなんだ。おかしいだろ。

「はあ……」

 俺の人生って、なんなんだろ……。
 毎日ランドセル背負ってる小六の分際でこんなことを考えたくなんかないけれど、痛む傷や、どんよりとした雨空の下では考えずにはいられなかった。
 この先ずっとこんなんなのかな、と想像するだけで死にたくなる。

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