それから、俺は杏ちゃんといっしょに遊ぶのがますます楽しくなった。
俺たちはお互いの好きなものをおしえあった。俺はドラゴンボールと、焼きそばとかお好み焼きと、あと花とか猫とか。杏ちゃんは、花と、植物や動物の図鑑と、誕生日にお父さんに買ってもらったパンダのぬいぐるみがお気に入りだと言った。
児童館にもパンダのおもちゃがあった。
それまで興味がなかったので知らなかったけど、電動式の新しいやつで、ここではなかなか人気のおもちゃらしかった。
ほかの子が遊んでるからいいの、と杏ちゃんはクールに言ったけど、ほんとうは遊びたいんじゃないかな、と俺は思った。
少し早めに児童館に行って、もし俺がパンダのおもちゃを先に取っておいたら、杏ちゃんがよろこんでくれるんじゃないだろうか。
俺は、杏ちゃんに自分の好きなものをおしえたけれど、それらよりも杏ちゃんの天使のような笑顔のほうが心底好きだったのだ。
計画通り、翌日早めに児童館に行くと、しかしすでにパンダのおもちゃは男子三人組に取られてしまっていた。
なんだよ、こいつらどこ小だよ。舌打ちしたい気分を抑えて、仕方ないので彼らがパンダに飽きるのを待つことにした。
植物図鑑を読むふりして、三人組を盗み見る。三人の内二人は俺と身長が同じくらい、一人は俺よりも少し小さいくらいだった。全員同い年に見えるけど、横暴な雰囲気なのでたぶん上級生だろう。
自分の体格が平均から外れていた俺は、だいたい周りが自分より小さかったので、パッと見で学年を把握する能力に欠けていた。
だから友だちいないのかな、と自己分析して勝手にせつなくなる。
でも、杏ちゃんがいるからいいか。
杏ちゃん、もうすぐ来ちゃうかな。あいつら早く飽きないかな。
三人組は、パンダを投げたりほかのおもちゃにぶつけたり、かなり乱暴に扱うので、見ていてだんだんハラハラしてきた。
「ねえ、それさ、あんま乱暴にしないでください」
堪らず間に割って入ると、俺に敵意むき出しな視線が集中した。
「なにおまえ、だれ?」
「おれ知ってる。こいつ四葉小のやつだ。つーかさ、おまえ低学年のくせに命令すんなよな」
「でかいからって生意気なんだよ」
めずらしくカチンとした。こんな言葉など、言われなれているはずなのに。
「好きででかいわけじゃねぇよ!」
俺は怒鳴ると、ちょうど目の前のやつの手にあったパンダを、強引に取り返した。
相手は一瞬ぽかんと固まっていたけど、ハッと我に返ったら「なにすんだよ!」と叫んだ。それを合図に躍起になった様子で、三人そろって俺に襲いかかってきた。
俺たちはもみくちゃになった。次第にパンダのおもちゃのことも忘れて、ただの喧嘩に悪化していた。
周りがワーキャー言っている中、職員の先生らしき声の「こら! なにしてるの!」が聞こえたときだった。
「あっ」
足元で、バキッと嫌な音がした。
動きを止めて目を落とすと、俺の靴の下敷きになったパンダの腕が取れてしまっていた。あーあ、と誰かの声がして、はっきりと血の気が引いていく感覚がした。
ふと顔を上げると、視線の先に薄ピンク色のカーディガンを着た杏ちゃんがいた。
少し離れたところに棒立ちになった杏ちゃんの目が、俺に踏んづけられたパンダに向く。
杏ちゃんが、ぎゅっと唇を噛むのがわかった。その顔が歪みきる前に、杏ちゃんは俺から背を向けた。
あっけなく、俺の視界から杏ちゃんの姿が消えていった。桜の花びらみたいに、消えた。
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