「お名前おしえて」
「透です」
「わたし、杏。桜日小なの。透くんはどこ小?」
「おれは四葉小」

 桜日小って知らない、どこにあるの?と質問したら、日和市というここからは少し離れた場所に住んでいるのだと彼女は言った。

「ここまでどうやってきてるの?」
「歩いて。今イトコのあっくんの家にお泊りしてるの。あっくんの家はね、ここを出てすぐの坂の上にあるの。でも今日はあっくんは、お茶のおけいこがあって遊べないから。透くんの家は近いの?」
「うん。チャリですぐ」
「ふうん。家で遊ばないの?」
「家にいると外で遊べって言われるし」
「お父さんとお母さん、仲よしじゃないの?」
「え? さあ、わかんない。ふつうだと思う」
「そう」
「杏ちゃんの家は? 仲よし?」

 杏ちゃんは、ううん、とうなって、また花壇に水をやり始めた。

「あんまりよくないかも。わかれるかもしれないんだって。だから、リコンの話し合いしてるから、わたしたち子どもはほとぼりがさめるまでは家にいないほうがいいんだって、お姉ちゃんゆうし」
「えっ? わかれるって、お父さんとお母さんが?」
「そう」

 すごいことを話すのに、杏ちゃんの横顔はぜんぜん平気そうで、ほかの女の子みたいに泣いたりしないし、クールなんだな、と思った。
 でも、ほんとうはあんまり平気じゃないのかもしれない。とも、思った。なんとなく。

「……この花、なんていうの?」

 かといって励ましの言葉や慰めの言葉なんかちっとも浮かばなくて、どうしたらいいのかもわからず、とにかく何か喋ろうと、俺は目の前の花を指さした。昨日俺が一本だけちぎってしまった、白い花。

「これは、デイジー」
「デイジー……。じゃあ、こっちのやつは?」
「これはパンジー。こっちはビオラ」
「パンジーとビオラって何がちがうの?」
「ビオラのほうが小さいの。4cm以下のものはビオラ」
「え? センチ? すごいね、杏ちゃん」

 学校の先生みたいだ、と素直に言うと、杏ちゃんは俺から目をそらしてしまった。あれ、何かまずかったかとびくびくしながら横顔を窺うと、杏ちゃんは唇をきゅっと噛んでいて、頬は少し赤くなっていた。
 天使だ……と、俺は思った。

 杏ちゃんと、翌日もその翌日もまた児童館で遊ぶ約束をした。
 庭で花壇に水をやったり、室内で漫画や図鑑を読んだり、基本的にのんびりと過ごした(杏ちゃんもドッジボールは好きじゃないからやらない派だと言った)。俺は、なんていうかけっこう浮かれポンチだった。
 でも、杏ちゃんは俺といて楽しいのだろうか。ふと冷静になる瞬間が間々あった。

「杏ちゃん、おれのことこわくないの?」
「どうして?」

 どうしてって、正直こっちが聞きたい。
 けど理由を言われずとも、漠然と感じてしまうものはあった。

「えっと、おれ体でかいじゃん。近所のおばちゃんとかに高学年みたいねって言われるもん。たぶん、だから、女の子みんなおれのことこわいって言うし。杏ちゃんはこわくないの?」
「こわくないよ」

 ほんとうに、ちっともこわくなさそうに杏ちゃんは答えた。
 そんなに無垢な目で見つめられると、心臓がきゅっと苦しくなる。なのに、ぜんぜん悪い気分じゃない。むしろ高揚感をおぼえた。体が軽くなるような心地がした。

「ほんと?」
「うん。雷のがこわい」
「杏ちゃん、雷こわいの? たのしいじゃん、ピカッてなって」
「ちっともたのしくない。透くん、おっきいから当たってしぬよ」
「あはははっ」
「なんで笑うの?」

- 44 -

prev back next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -