やさしいものが好きだった。
花とか、猫とか。犬は苦手だ。昔からやたら吠えられるから。
小学校に上がったばかりの頃、よく近所の児童館へ行っていた。
友だちを作るのが苦手で、学校は退屈で、でも児童館はわりと好きな場所だった。
みんな好き勝手遊んでいるような空間だったので、その中でひとりぼけっとドラゴンボールを読んでいても、誰もうるさく言わない(たまに「ドッジボールやろう」とか声をかけられたけど、入れば「チームのバランスが悪くなる」とか、「おまえは本気でやるな」とか、そんなような理不尽な理由をつけられて、いつのまにか誘われることもなくなった)。
児童館の庭には花壇があった。
天気のいい日、ぶらりと庭に出て、なんとなく花壇を眺めていた。
花屋になりたいわけじゃないけど、花がわりと好きだった。そう言ったら馬鹿にされた記憶があるので、人には言わないことにしていた。
花壇には、白くて花びらのいっぱいついた、小さな花がたくさん咲いていた。
これ前にテレビで見たことあるやつだ。かわいいな、とぼんやり眺めていた。
さわったらどんな感触なんだろう。
そんな純粋な好奇心からつい手を伸ばして、一本、茎の途中からプチリとちぎってしまった。
「なにしてるの」
ふいに、声が聞こえた。
びっくりしてふり向くと、俺の真うしろには女の子が立っていた。小さくてやせっぽちで無表情で、人形みたいな女の子だった。
その子は、俺の手の花に目をやると、ますます冷たい目になって俺を見下ろしてくるのだった。
「ここの花たちは、職員のひとたちが育ててるの」
「……」
「ちぎらないで」
「は、はい……」
ピシャリと言われる。静かで凛とした声は妙に迫力があった。絶対零度の目で見下ろされているせいかもしれない。
俺は、自分より二回りは小さい女の子に叱られて、すっかり萎縮してしまっていた。
母親や女の先生に叱られたことは何度もあったけど、“女の子”に叱られた経験なんてなかった。女の子は、俺のことをこわがるものだと思っていた俺の、このときまだ十年にも満たない人生観が変わった気がした。
端的に言うと、叱られてすごいドキドキしていた。
翌日も天気がよかった。
庭に出ると、あの子を見つけた。百均で売っているような象のじょうろで、花壇に水をまいていた。
おそるおそる近づいて、勇気を振り絞って声をかけた。
「あの」
「……なあに?」
「きのうは、花ちぎって、すいませんでした」
その子は俺に向き直ると、観察するようにまじまじと俺のことを見てきた。
「花がすきなの?」
「……うん」
「わたしも」
にっこりと笑った顔が、めちゃくちゃかわいかった。天使のようだった。
わたしも。その声と言葉を、俺は何度も何度も反芻し、それが鼓動になったみたいだった。
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