――花がすきなの?
 ――……うん。
 ――わたしも。

 さみしかったんだ。
 君が声をかけてくれて、うれしかった。




 放課後、今日に限って長引いたHRが終わってすぐに、わたしは教室を出た。
 階段を上がって、一年五組の教室へ行く。しかしすでにそこはがらんとして、崎くんの姿はなかった。

「……部活行っちゃったのかな」

 部活動中なら話はできないかもしれない。それならば、終わるまで待ってる。それだけでも直接伝えたい。
 柔道部が練習している武道場は、ここからまた一階まで下りて、下駄箱で靴を履き替えて西棟校舎のほうへ回って……と、けっこう距離がある。けれど、そんなことを考えるより先に、足が駆け出していた。

 肩で息をしながら武道場へ赴くと、ちょうど中から誰か出てきたところで、鉢合わせになった。
 白い道着に身を包んだ、眼鏡をかけた真面目そうな男子。彼はわたしを見るなり、あっと声をあげた。

「崎ならいませんよ」

 今度はわたしがえっと声をあげる番だった。

「自分、崎の友人で佐々木といいます。よく崎から先輩の話を聞いているので」

 と佐々木くんは、印象通りの礼儀正しさでわたしに頭を下げた。
 もしかして昼休みに樹さんが話していた、「共通の友だち」の拓実くんだろうか、と思う。
 それはそうと、崎くんは武道場にいないと彼は言った。道着を着た佐々木くんが武道場にいるのに(中からは活動中なのだろう男子たちの声が聞こえてくるし)、部活が休みということはないはずだ。理由を訊ねると、

「崎、今週入ってからずっと部活休んでるんです」

 そう佐々木くんは答えた。

「え、どうして……?」
「先週から様子がおかしかったんですが、月曜日に顧問からとうとう『やる気がないなら来るな!』と一喝されまして。それから律儀に休んでますね」

 冷静な口調で語られる理由を前に、わたしは何も言えなくなった。
 最後に崎くんと過ごした昼休みのことが思い出される。わたしの言葉で笑顔が消えてしまった瞬間がよみがえり、そして、後悔で胸がいっぱいになった。わたしのせいだ、と、拳をぎゅっと握る。

「先輩から、なんとか言ってやってくれませんか?」

 佐々木くんが、眼鏡の位置をを指先で直しながら言う。

「顧問もああは言ったけど、実際あいつがほんとうに休み続けて焦ってます。先輩たちも困ってる。俺も、もしあいつに部を辞められたら困りますし。ただでさえ一年部員は少ないのに……」

 先ほどより少し声のトーンが落ちたような気がした。
 レンズの奥で目を伏せる佐々木くんを目の当たりにしながら、ここにもわたしの知らない崎くんがいたのだ、と思う。

「……崎くんって、強いの?」

 思わず訊ねると、レンズ越しの目線が上がり、わたしを見据えた。

「よかったら、今度試合見に来てください。そうしたら崎も少しは背筋が伸びると思うので」

 佐々木くんは静かに笑い、

「長くなってしまってすみません。崎なら、先輩が来る前に自分と話して帰っていったので、走ればまだ間に合いますよ」

 と、正門の方角を指さした。

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