「でも、中学に上がったら、崎の雰囲気がやわらかくなった気がして……。えっと、拓実っていう共通の友だちがいるんですけど、その拓実に聞いたら、崎にすきな子がいるって言うんですよ」

 そこで、樹さんがわたしを見た。その表情はやわらかく、陰りもない。

「そのすきな子と同じ高校に行きたいって話だし。あたし、びっくりして笑っちゃいましたよ。だってそんとき未だに周りから不良扱いされて恐がられてんのに、すきな子いんのかよ! って思ったら、なんか力抜けちゃって。でも、気づいたらまたふつうに話せるようになってたんです」
「……うん」
「高校入ってから、崎にカノジョできたって聞いたとき、すげえなこいつって本気で思いました。崎のやつ、勉強なんかぜんぜんだったんですよ。それなのに偏差値20も上げて志望校受かっちゃうし、すきな子ともうまくいっちゃうし、すごいな……って」

 早い話、極端なんですよね、崎って。樹さんは明るい調子になって、わたしに笑いかけた。
 よく笑う子だな、と思う。それから、いい子だな、とも。
 張りつめていた空気が緩んだからか、わたしは、ずっと気になっていたことをようやく口にした。

「樹さんも、崎くんのことがすきなの?」
「えっ!?」

 樹さんがおおげさに飛び上がる。
 目を白黒させて、わたしの前で手をぶんぶん横に振る。

「違います違います! いや、まあ嫌いじゃないですけど……えぇっと、崎に対してはこれっぽっちもそんなんじゃなくて、てかあたしすきな人いるし……ってそんな話どうでもよくてですね! なんつーか、弟みたいなもんです、弟!」
「ふうん……。ほんとに? 実はわたしこないだ、食堂で樹さんが崎くんとふたりでいるの見ちゃったんだけど……」
「え? あ、ああ〜! あれはその、あたしのすきな人のことで相談にのってもらってたっていうか……。あたしのすきな人が崎と仲いいんで、それで」

 言いながら、樹さんが急にハッとして、慌てた様子でわたしに向き直る。

「すみません、あたし考えナシなとこあるから。今日だって勝手に勘違いして突っ走るし、ほんと恥ずかしいですよね。あ、あの、徳丸センパイが気分悪いとかならやめます、相談」
「ううん、相談はかまわないんだけど……。でもできれば、完全にわたしから見えないところでしてほしい」

 この際だから正直に言ってしまう。
 樹さんは、一瞬きょとんとして、それから大きく口を開けて破顔した。

「あははっ! 徳丸センパイって、意外とはっきりしてますね!」
「よく言われる……」
「崎のこと、すきなんですね」

 真正面から向けられた言葉に、思わず頬が熱くなる。でもこの気持ちを誤魔化す必要なんて、ないのだ。小さく頷くと、よかった、と樹さんが安心したような声を出した。しかしながら、数時間前にも七瀬から言われた言葉を、再び言われるとは……。
 でもじゃあなんで崎のやつあんなに落ちてんだろ、と純粋に首をひねる樹さんに、なんだか申し訳ないような気持ちがこみ上げる。
 樹さん、とわたしは顔を上げた。

「今日わたしと話したこと、崎くんには言わないでほしいの」

 わたしは、崎くんと出会ったのは、あの夜がはじめてだと思っていた。でも、ほんとうはそうじゃなかったのだろうか。崎くんは、いつからわたしのことを知っていたんだろう。
 わたしにふれようとしなかった手。崎くんといると、時々なつかしい気持ちになる。
 崎くんのことを知りたい。
 崎くんの声で、崎くんのことを聞かせてほしい。
 深い海底から上がるように、わたしはそう思った。純粋な好奇心とは違う、寄り添いたいという気持ちに似ている。
 樹さんは、こくこくと何度も頷いてみせた。

「……崎は、バカだし、極端なところもあるけど、ふつうにいいやつなんです。崎のことよろしくお願いします」

 そうわたしに頭を下げる樹さんはたしかに「お姉さん」のようだった。
 一方で、崎くんのことをそんなふうに言ってしまえる彼女に対して、わたしはやっぱり嫉妬をおぼえてしまうのだった。



16.6.19

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