木曜日の昼休みになると、崎くんがうちのクラスまで迎えに来てくれる。中庭でいっしょにお昼を食べるのは、今日で四回目だった。

 教室へ戻るため早足で歩く。右手に持ったペットボトルのお茶と、左手に持った袋の中の食べかけのメロンパンが、それぞれチャプチャプガサガサと音を立てている。
 さっきからずっと胸のあたりが苦しい。何かが詰まっているみたいだ。今すぐ取り出してしまいたいのに、その方法がわからない。誰に聞けばいいのかもわからない。わからないことばっかりだ。ああ、いやだな。気持ち悪い……。
 知らないうちに肩で息をしていることに気がつく。中庭からここまで、こんなに短い距離で、走ったわけでもないのに息が上がってしまう自分の運痴さを思い知る。
 そういえば、今日は六限目に体育があるんだった。

「……やだな……」

 校内へ続く渡り廊下をのろのろと歩き、途中でとうとう足が止まる。
 靴下がずいぶん下がってしまっていた。けれど、直す気にもなれない。

「おーい!」

 ふいに、降ってくるように声が聞こえた。
 顔を上げると、軒下から今から戻ろうとしている東棟の校舎が見えた。規則正しく並ぶ窓のひとつから、男子生徒がふざけた様子でグラウンドのほうへ向かって手を振っている姿があった。
 それをぼんやりと眺めながら、わたしは思い出していた。
 体育の授業でグラウンドに出たら、いきなり名前を呼ばれたときのことを。驚いて振り返ると、校舎の三階の窓から崎くんが軽く身を乗り出していたのだった。目が合ったと思ったら、にこっと音がするくらいに笑って、手を振ってくる。
 周りの女子たちは「なにあれウケる」などと笑ってるし、横にいた七瀬さえも「なんだあの大型犬」だとか言うし、わたしはそうとう恥ずかしかった。
 でも、邪険にもできずにそっと手を振り返したら、ますますうれしそうに笑うし、なんかものすごくしあわせそうだし、まあいっかって思ったんだ。

 ――うれしかったんだ、あのとき……。
 
 崎くんは、まだ中庭にいるだろうか。
 今から引き返せば、と思う。
 今からまた中庭に引き返して、「さっきはごめんね」と、わたしが謝ればいい。たぶんそれで元通りになる。
 でも、わたしが悪いんだろうか。
 らしくもなく衝動的だったと思う。一方的に言うだけ言って、逃げ出してしまった。でも、崎くんは何も言わなかったし、逃げるわたしを引き止めてもくれなかった。
 あのよく通る声で、呼び止めてくれればよかったのに。

「……」

 踵を返しかけた上履きが、また校舎のほうへ向く。
 できない。引き返して謝ることを考えて、けれどそんな気力は少しも湧いてこなかった。考えすぎて、なんだか疲れた。
 帰ろう。昼休み、終わるし。胸が詰まって苦しいし、足だって重たくてもうちっとも動かない。

「……崎くんの、ばか」

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