何かを察したらしい森先輩が、なんだよ、とでも言いたげな目を俺へ向けてくる。森先輩は、あんぱんの次は抹茶蒸しパンの袋をやぶっていた。それにかじりつきながらも視線は俺に向けられたままなので、たぶん「話せよ」ということなんだと勝手に解釈する。

「……森先輩、徳丸さんって、笑うとこっちが死ぬほどかわいいっすよね?」
「死んでねぇじゃん」
「いや、うん、言葉の綾っつーか……」

 しょっぱなから腰を折られたような心地になるが、気を取り直して続ける。

「その……徳丸さんと付き合う前、いっしょに帰る機会があったんですけど、そのとき俺が福山雅治の声マネしたら徳丸さんが笑ってくれたのがうれしくて、笑顔が死ぬほどかわいくて……。それで俺、けっこう衝動的に告白しちゃったとこあって、だから、なんていうか、徳丸さん流されちゃったんじゃないかな〜とか、ふと冷静になる瞬間が間々あって……。って、好きな子と付き合えて今すげえ幸せなのに、ほんと意味わかんないんすけど……」

 酔っぱらいのようにぐだぐだと話しながら、俺はあの夜のことを思い出していた。
 徳丸さんが電車から降りるとき、思わずいっしょに降りてしまったときのことを。
 あ、と思ったけど、この瞬間を逃したら、チャンスはもう二度と来ないような気がした。衝動的と言ったけど、それは半分ほんとうで、半分嘘だ。あの夜の俺はずっと、心のどこかで告白するタイミングを見計らっていたのだ。
 いっしょに電車から降りてしまったあの瞬間、もうこれが最後なんじゃないかって、根拠もないのに妙に迫真に迫るような思いだった。
 だからといって、あんな突然の告白で徳丸さんが頷くとは、ほんとうに思わなかったんだ。
 「よろしくお願いします」と、小さく頭を下げた彼女の姿が信じられなかった。何度も夢かと思った。だって、ずっと好きだったんだ。俺は、あの子のことが。
 俺は、晴れてカレシになった。
 そしてカレシという立ち位置になって改めて、他になんにも執着がなかった分、とでもいうような、自分の彼女への気持ちの重さにびっくりした。
 徳丸さんにとってはきっと、俺はあの夜に飲み会で“はじめて”出会った男なのだ。下手にこっちの積もりに積もった思いの山をぶつけてドン引きされる、なんていうのは避けたい。
 たとえば、黒歴史もひっくるめてこんな俺のぜんぶを話して引かれるのもこわいし、かといってあの白くて小さな手にふれるのもこわい。ずっと遠くから幸せを祈っていた存在が、いざ急に近くなったら接し方がわからない。
 わかってはいるんだ、ダサすぎて情けないということは。ついでにキモいということも。
 ふれたくないと言ったら嘘だけど。
 嘘に決まってんだろ、そりゃあ、さわりたいよ。さわりたいし、いっしょに風呂にだって入りたいし、なんていうかこう、俺の持てる力すべてで幸せにしてあげたい。徳丸さんが笑ってくれるならなんだってするし、苦手な犬にもなれる。むしろなりたい。ちょっと興奮する。

 というか、俺なんでこの人に恋のお悩み相談してんだろ?
 そんなふうに謎に思いながらも、森先輩は今までの饒舌ぶりが嘘のように黙って聞いてくれるので、拓実にも話していないような内容をついベラベラと話してしまっていた。

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