「まあまあ。言っただろ、そんな警戒すんなよ。俺は、純粋に崎クンと話してみたかったんだよ」

 自然とうなだれていた俺の背中を正すように、森先輩がパンパンと叩く。

「だ〜いじょーぶだって。誰にだって黒歴史はある。俺は特にないけどな」
「森先輩……」
「つうか、ちょっと昔にやんちゃしてようが、今の崎クンが杏ちゃんを大事にしてやってんなら、俺的にはおまえの黒歴史なんかど〜だっていんだよ」

 俺の背中を叩いたその手が今度は肩に回り、さっきよりもずいぶん間近で、森先輩がにやっと笑う。さっきよりも意地の悪い笑い方で。

「崎クンはさぁ、よっっっぽど杏ちゃんのことが好きなんだもんな? 入学しょっぱな、四月の頭からずーっと杏ちゃんのこと見てんだもんなあ?」

 一瞬和んだ俺の心が再びざわつく。
 うーん、やばい。どっちかというとこっちのほうが知られたくないやつだった。

「…………え〜っと」
「ついでに、俺のことも見てたろ? 軽く殺気立った目で? そりゃそうだよな? 杏ちゃんと仲よしな男子、俺ぐらいだもんな? 気に食わねぇよな? ウンウンわかるわかる。でもおかげで俺はさ、ずーっとこわい思いしてたんだぜ? 帰り道後ろから刺されんじゃねぇかって」
「はははは……いやいやいや」
「崎クン、先輩から忠告しとくけどさ、もちっと自分を知ったほうがいいぜ? 君的には陰からさりげなーく見てたつもりなんだろうけど、目立つよ? でけーし、イケメンなんだから。なあ?」
「ははははは……あの〜、そのこと徳丸さんは……」
「まあ、杏ちゃんはちっとも気づいてないみたいだったから、よかったな? ストーカー行為で訴えられなくて」

 肩を妙にやさしく叩かれて、それが逆に一層肝が冷えたような心地になった。
 警察署で取り調べってこんな感じなのかな、と思う。訴えられなくてよかったけど、半ば擬似体験したような気がする。
 とにかく、蛇のように絡みついていた森先輩の腕が、ようやく離れていった。気を取り直して、とでもいうように森先輩が、食おうぜ、と未開封の俺のハムカツサンドを指す。促されるままに、なんとも言えない気持ちでパンの袋をやぶる。

「あの子はなぁ、昔から勉強はできるんだけど、自分のことには鈍感だかんな〜」
「エッ? 誰が?」
「杏ちゃん」
「ああ……。……森先輩」
「おう」
「森先輩、徳丸さんと仲よしっすよね」
「うん、仲よし仲よし」
「……いいなぁ」
「いいだろ〜。なんたって、いっしょに風呂入ったこともあるしな」
「へえー、そうなんすか〜。いいなぁ、俺もいっしょに風呂入りた…………エッ? は? 風呂? え、なんすか今の? 俺の空耳?」
「なあんだ、やっぱ杏ちゃんから聞いてねんだ? イトコなんだよ、俺と杏ちゃん」

 俺の頭がハテナでいっぱいになる。
 目の前の森先輩と脳内の徳丸さん(※背景に花びらが舞うオプション装備)を比較して、イトコとは……と本気でわからなくなる。今すぐスマホでウィキペディアを開きたい気持ちを抑えつつ、とりあえずなんかコメントしたほうがいいのかな、と頭パーのまま口だけ動かす。

「……あっ、そうなんだ〜。すごい、全然似てないっすね」

 という精一杯の俺のコメントを、イトコだしな、と字面にして六文字の返答で終わらせた森先輩は、聞いてもいないのに、綾鷹片手にそれはもう愉しげに、徳丸さんとの思い出話を語り出した。

「ガキの頃から俺んちでよく遊んだりしててさ。高校以前は別校だったし会わない期間もあったせいか、杏ちゃん、今はなんか妙に恥ずかしがって俺のこと“森くん”なんて呼ぶけど、ちょっと前まであっくんって呼んでたんだぜ? かーわいかったな〜、ロリ杏ちゃん。あっくんあっくんって俺にくっついてきてさぁ。俺一人っ子だから、妹同然だったもん。まあ当時俺は杏ちゃんの姉ちゃんが好きで、」
「……いいな〜」
「ははは、いいだろ〜。崎クンはまだ杏ちゃんと風呂入ったことないだろうしな! な〜んつって……」
「いいな〜森先輩、徳丸さんとの思い出いっぱいあって……。いいな〜〜〜俺もほしいな〜〜〜いいな〜〜〜」
「ちょっ、崎クン怖い怖い怖い! やめろってそれ! 中身こぼれるだろーが!」

 うらやましすぎてコーヒー牛乳のストローをパックにブスブスブスブス突き刺してたら、横から青い顔した森先輩に止められた。

「なんだよ、杏ちゃんといっしょに風呂入りてえなら入りゃあいいじゃん。カレシなんだから。さわやかな感じで家誘って、入ってかない? つってさ。崎クンなんかそういうの得意そうじゃん。知らんけど」
「いや……ふつうに考えて無理っすね。俺んちだいたい母ちゃんか妹いるし……あと猫」
「崎クン天然か? ふつうに考えてまだ風呂は無理だろ。杏ちゃんにドン引かれるのがオチだぞ」
「……わかってますよ、それぐらい〜」

 まだ手すらつなげてないのに、と思わず余計なことまで口走りそうになる。

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