俺が徳丸さんについて知っていること。
 徳丸さんの交友関係は、見る限りでは狭く深い。たいてい七瀬さんというクラスメイトの女の子と行動している。
 それと、徳丸さんによく絡んでいる男子が一人。俺よりは少し低いかもしれないが、余裕で平均を越えているだろう、背の高いくしゃくしゃ頭の男。

「そういや、名前言ってなかったよな? 俺、二年の森林。長ぇし、森でいいよ。なんならあっくんでもいいぜ。ああ、俺下の名前、亜門っつーの。あれな、宮本亜門の亜門な。なんか一応『家を継ぐ』みたいな意味の名前らしいんだけどさ、詳しいこともう忘れちったなあ。今度オカンに聞いとくわ! はっはっは」
「……一年の崎っす」
「ウンウン知ってる知ってる。崎透って、いい名前だよな。さわやかな感じで」
「ははは……どうも」

 すげえよく喋るな、とパックのコーヒー牛乳にストローを挿しながら感心する。
 連日降り続いていた雨が今朝ようやく収まりを見せ、軒下から覗く空模様は薄曇り。俺たちの背後では、バスケでもしているのか、ボールが床に叩きつけられる音や男子たちの楽しそうな喧騒が聞こえてくる。
 俺は、結局誘いを断れなかった。後から来て状況をまったく把握できていない拓実にはてきとうに言い訳をして、俺は今、くしゃくしゃ頭の森先輩と、体育館裏の石階段に並んで腰を下ろし、いっしょに昼飯を食っている。
 それにしても、先輩に呼び出されて体育館裏って、中学時代を思い出す。ほんの数年前だけど、なつかしいな〜。
 などと感慨にひたっていると、視線に気づく。森先輩が、あんぱん片手に俺の顔を覗き込むようにじっと見ていた。

「え〜っと……なんすか?」
「いやー、イケメンだな〜って思って」
「いやいやいや……あははは」
「はっはっは、そんな警戒すんなよ。べつに喧嘩売りにきたわけじゃねぇから」

 森先輩の含みがあるような言い方に、思わず曖昧な笑顔のまま表情筋が固まる。
 俺の心を知ってか知らずか、森先輩は悠長にあんぱんをかじってから、ペットボトルの綾鷹をぐいっと呷る。そしてその動作のまま、横目に俺を見やった。飲み口から離れた唇が、にやっと笑う。

「崎クン、小中んときはけっこーやんちゃだったんだろ?」

 前言撤回。
 この人、俺のことを知ってる。
 そりゃあ何十年も昔のことじゃないし、ほんの数年前だし、知ってる人がもしかしたら一人ぐらいいたって何らおかしいことはない。
 でもだからって、と頭を抱えたくなる。なんでよりによって、こんな優等生ばっかりの進学校で、よりによって徳丸さんのクラスメイトで、徳丸さんと接触のあるこの人が俺のこと知ってるんだ。

「はははは……あのー、森先輩」

 あくまでこっちの動揺を悟られないように、普段どおりの笑顔をつくる。

「徳丸さんには、言わないでもらえますか……」

 無理だ、と俺の表情筋が訴えている。だいたい演技なんてできたら森先輩が言うところのやんちゃなんかしてねーよ。
 きっと今俺の笑顔はぎちぎちにぎこちないだろうし、吐き出した声は尻すぼみで、ただただ情けなかった。けれど虫けらのように情けなかろうが、もしこの人にあることないことばらされて、徳丸さんに嫌われるよりマシだ。せっかく隣に並んで歩けるようになったんだ。はじめてあんなに必死に勉強して、自分に見合わない学校に入った意味もなくなってしまう。
 俺は、なんだってすぐに諦める。諦める、というか、どうでもよくなってしまうんだ。だって俺には執着するほどのものなんて、何ひとつにもなかったから。
 でも今は、唯一手放したくない女の子がいる。俺なんかじゃきっと釣り合わないんだろうけど。わかってるんだけど……。

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