「濡れた……」
「はは、やばいな」

 土砂降りだ。
 突然の激しい雨に、わたしたちはとりあえず園内の東屋に逃げ込んだ。しかし他に雨宿りの影はなく、むしろわたしたちは逃げ遅れたのかもしれない。

「止むのかな……」
「なんか、雷鳴りそうだな〜。雲暗いし」
「やめて」
「徳丸さん、もしかして雷ダメ?」
「雷すきな人なんていないと思う」
「そう? 俺はけっこうワクワクするけど」

 雷でワクワクだなんて、神経を疑う。当たったら死ぬのに。
 それはともかく、びしょ濡れだった。わたしも、崎くんも。
 ちっともやばそうじゃない声でやばいな、と言った崎くんは、やっぱり平然としていて、軒下からのんびりと空模様を眺めている。

「……」

 なぜだろう、なんだかなつかしい気持ちになった。こんなふうに崎くんと、二人きりで雨宿りしていることが。既視感に近いような。
 崎くんといると、わたしはたまにこんな気持ちになる。
 なんでだろう……。

「……寒い?」

 ふいにわたしに向き直って、崎くんが訊ねた。

「……へいき」
「ほんとに?」
「ほんと」

 ほんとうは、ちょっと寒い。
 びしょ濡れの襟付きのブラウスが心もとない。崎くんは、申し訳なさそうな仕草で自分のびしょ濡れのシャツを脱ぎかけたけど、それを途中でわたしが制した。気持ちだけ受けとっとく、と付け足して。
 と、わたしの頭に一つ提案が浮かんだ。

「ねえ、崎くん」
「なに?」
「うちくる?」
「……エッ?」
「うち、マンションなんだけど、こっから5分くらい。また濡れちゃうけど、びしょ濡れのままいつまでもここにいたら風邪ひくかもだし」
「え、いや、でも……」

 めずらしく戸惑っている様子の崎くんの手を、わたしは半ば強引に引いた。

「いこ」



 お父さんが休日出勤でほんとうによかったと思う。
 リビングへ続く廊下で、なんだか借りてきた犬……じゃなくて、猫みたいになっている崎くんに言う。

「崎くん、濡れた服、乾燥機で乾かしちゃうから」
「あ、はい」
「着替え、お父さんの服でいい? ちょっとちっさいと思うけど……」
「あ、はい、もうなんでも……」
「服乾かしてる間、お風呂どうぞ」
「エッ?」
「あ、お湯ためたかったら、お風呂場のスイッチ押してくれれば勝手に……」
「い、いやいやいや、徳丸さんからどうぞ」
「え、でも……。遠慮しなくていいよ?」
「遠慮とかじゃなくて……ああもう、俺のことはいいから! 入って入って!」

 これまためずらしく声を荒げる崎くんに肩を押されて、なぜかお客さまを差し置いてわたしからお風呂に入ることになった。

 崎くんがお風呂から出る頃には、雨はだいぶ弱くなっていた。雲も明るく、どうやら心配していた雷の音も聞こえなそうで、わたしはほっと息をついた。
 ダイニングキッチンで二人分のホットレモネードを作る。その間わたしは、ひそかに崎くんのことを見ていた。
 崎くんは、リビングで、ベランダの窓から外を見ている。すぐに乾くからと、濡れた髪のままで。
 お父さんが以前「これ、ちょっとゆるかったなあ」とぼやいていたスウェットは、崎くんにとってはやっぱりサイズが小さいみたいだった。袖丈も、ズボンの裾も足りてない。そこから覗く腕や足が改めて見るとすごくがっしりしている。
 黙っている崎くんの姿は、男の子というより、まるで男の人みたいだ。

「……」

 ぱっと目線を下げる。湯気の立つ二つのカップからは、甘いレモンのにおい。
 自分で招いておいて、うちに崎くんがいることが不思議に思える。でも一方で、べつにふつうのことなのかもしれないとも思った。だって、わたしと崎くんは、付き合っているのだから。
 わたしは、カップを手にする。まるでなんてことないふうに、崎くんのそばへ行く。

「崎くん」

 ふりむいた崎くんに、カップを差し出す。

「あー、ありがとう。これなに?」
「レモネード」

 一口飲んで、うまい、と笑顔が返ってくる。それから、なんかおしゃれだね、というよくわからない感想をいただく。

「徳丸さんち、全体的にきれいでおしゃれだなって」
「そう? べつにふつうだと思う」
「おしゃれだよ。モデルルームみたいだもん。徳丸さん、俺んち来たらビビるよ。すっげえ汚いから。狭いし、うるさいし」
「うるさい?」
「オカンとか、妹とかね」
「崎くん、妹いるんだ」
「うん。兄貴もいるんだけど、今は実家出てるから。徳丸さんは、ひとりっ子?」
「ううん。お姉ちゃんがいる」

 そういえば、と思う。
 お姉ちゃんと、最近連絡してないな……。
 今夜あたり電話してみようかな。連絡とっていない間に、たくさん話したいことができた。仕事忙しいかな。それか、カレシといるときに電話して、邪魔になったら嫌だな……。

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