緑坂公園へ向かう前に、まずお昼を食べることにした。
 駅前のファストフード店で、わたしはふつうのハンバーガー、崎くんは、Wバーガーをなんと二つも注文した。思わず「食べ切れるの?」と、真顔で訊ねられずにはいられなかったわたしに対して、崎くんは笑顔で、ぜんぜん余裕、とのこと。そしてその通り、でかいハンバーガー二つをきれいに食べ切ったのだった(むしろまだ食べれそうだった)。
 男子ってよく食べるんだな……、と間近で見ていてすごく興味深かった。

「でも、森くんでもそんなに食べないと思う」
「森くん?」
「同じクラスの男子。崎くんほどじゃないけど、身長おっきいの」
「へ〜」

 お昼ご飯の後、わたしたちはなんやかんや話をしながら目的地の緑坂公園へと向っていた。
 空は朝から相変わらず晴れている。でも少し雲が多くて、それがときどき太陽を隠している。6月の梅雨の時期にしては、風がさらさらと心地いい。

「きもちいー」

 坂道を下りながら、崎くんが言う。今日もよく跳ねている短い黒髪が、風でゆれている。
 崎くんは、青い半袖シャツに白いTシャツ、ゆるめのジーンズというシンプルな恰好だった。手首のレザーミサンガも相まって、なんてゆうか、初夏、という感じがする。

「ん?」

 わたしの視線に気づいたらしい崎くんが、ふいにこちらを向いたので、ドキリとする。
 わたしはすぐに視線を外して、なんでもない、と答えた。

 駅前から公園へは、ほんとうにすぐだ。公園の入口の前で、ここだよ、といちおう崎くんに前置きをしてから、わたしたちは園内へ進んだ。

「おお」

 遊歩道に沿って植えられた紫陽花たちを見て、崎くんが感嘆の声をあげた。

「すごいな」
「きれいでしょ」
「うん、きれい」

 崎くんが鮮やかな青色の紫陽花のそばに寄っていく。膝に手をついて、腰を落としてけっこうまじまじと花を観察している様子が、わたしとしては意外だった。

「……崎くん、花、すき?」

 歩み寄って、横顔に訊ねる。

「うん、わりと。つって、種類とか全然わかんないけど。花ってさ、やさしいよね。俺、やさしいもの大好き」

 やさしいもの……。

「花、好きなんだけどね。でもあんまりさわれないんだよね」
「どうして?」
「んー……なんていうか、俺ね、昔っから力の加減下手くそでさ。おもちゃとか、すぐ壊しちゃって」
「うん」
「それで、チビんときに好きな女の子のお気に入りのおもちゃ壊して泣かしちゃったことあって、それがけっこうトラウマなのかも」

 思わず目がまるくなる。
 崎くんって、あっけらかんとしているように見えるのに、そんな幼少期のエピソードを引きずってたりするんだ……。

「崎くんって、意外と繊細なんだね」

 崎くんが紫陽花から顔を上げて、わたしを見て笑った。

 日曜日なので、園内はおおいに……というほどではないけれど、そこはかとなく賑わっていた。遊歩道を歩いていると、しょっちゅう親子連れや老夫婦とすれ違う。ときどき若者ともすれ違ったけれど、きっとわたしたちより年代が上だ。
 やっぱり、今どき高校生のカップルが日曜日に公園デートって、あんまりないのかな。
 とは思ったけど、

「紫陽花って、なんで青とかピンクとか色違いがあるんだろ。種類がちがうのかな?」
「土の酸度がちがうの」
「酸度?」
「大まかに言うと、土が酸性なら青色、アルカリ性ならピンク色になるって言われてるんだよ」
「へ〜。徳丸さん、すごいね。先生みたい」

 けっこう楽しいから、まあいいや。
 崎くんがいろいろ話しかけてくれて、わたしが答えると、その度に無邪気に感心してくれるので、わたしはなんだか楽しかった。まんざらでもない気持ちだった。それに、ふとしたときに沈黙がやってきても、思っていたよりずっと平気だった。
 崎くんといると、落ちつく。崎くんの隣は、案外心地いい。
 わたしは、崎くんとはじめて並んで歩いた夜のことを思い出した。
 あのとき、わたしは崎くんのことを年上の男だと思っていたんだ。へんな人だと思ったけど、そういえばはじめから嫌じゃなかったな……。

 ――あ。

 ぼやっとしながら歩いていたら、とん、と手にふれた。
 わたしの手に、崎くんの手が。
 そっか、今わたし、こんなに近くで崎くんと並んでるんだ。お互いの手がすぐふれ合ってしまうほどの距離に。

「ごめん」

 ごめん、と崎くんが言った。特別焦った様子でもなく、ごく自然な声で。
 一瞬なんで謝られたのかわからなかった。でも崎くんがすぐに自分の手を引っ込めたのを見て、そうか、手が当たったからか、と理解した。
 理解した、けど。
 でも、なんで?
 べつに、謝らなくてもいいのに……。

「……あ」
「え?」
「雨」

 その場に立ち止まった崎くんが、空を見上げてつぶやいた。わたしもつられて立ち止まり、空を見る。いつのまにか空は薄暗い雲で覆われて、太陽が見えない。
 ポツン、とわたしの頬に雨粒が当たった。かと思えば、すぐにいくつもの雨粒が降り注いできて、本格的な雨になった。

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