ふと、窓の外から、キャッキャと高い声が聞こえてきた。そちらに目をやる。
――あ。
「徳丸さーん!」
思わず窓から身を乗り出す。
グラウンドには、体育の授業らしいジャージ姿の女子たちが出てきていた。そのなかに、長い髪をポニーテールにした小柄な女の子を見つけた。
俺の声に、グラウンドにいる女子全員がこっちを見上げていた。もちろん、彼女も。俺は、三階の窓から嬉々として手をふってみせる。最初は呆気にとられていた様子だったけど、ややあって、徳丸さんはおずおずと手をふり返してくれた。
「崎のカノジョって、あの人?」
俺の横から、樹ちゃんがひょいと窓の外へ顔を覗かせる。
「へぇ……。ちっちゃくて、お人形さんみたいだね」
お人形さん……。たしかに。
俺もはじめて徳丸さんを見たとき、そんな印象を抱いた記憶がある。
「かわいいでしょ」
「あたし、徳丸センパイって知ってるかも」
「え? 樹ちゃん、知り合いなの?」
「ううん。うちの部活のセンパイが、たしか徳丸センパイと同じクラスで、それですごい頭いいって言ってたの聞いたんだ。試験結果の掲示板にいつも名前載ってるって」
「ああ、上位二十番までのやつか」
と、拓実が言う。
「そうそう。毎回十番以内に入ってるんだって」
「崎と違って優等生なんだな」
「ね! 見た目もあんなふわふわしててさぁ、図体でかい崎じゃ釣り合わないんじゃないかな〜」
「…………」
「こら、樹……」
「え? ……あっ、ご、ごめん、崎! えーっと、ほら、あれだよ! あんなにかわいい人と付き合えてよかったじゃん! おめでとう、崎!」
「樹、イヤミにしか聞こえないぞ」
「ち、違うよ! 心からそう思ってるよ! そもそも拓実が『崎と違って〜』とか言うから!」
「俺はべつに、他意があって言ったわけじゃ……」
「あたしだって他意はないよ!」
「……ますます好きになった」
「「は?」」
「勉強おしえてもらいたい」
恍惚としてそう言えば、今までなんやかんやと言い合っていた二人が急に静かになる。
「ま、がんばれよ」
半ば呆れたような声でそう言って、拓実は予鈴の音とともに自分の席へ戻って行った。
「ねえねえ、なんでマグカップあげるの? 誕プレ?」
拓実がいなくなったタイミングを見計らったように、樹ちゃんが詰め寄ってくる。席戻らなくていいのかと思うけど、先生はまだ来ないし、目の前の樹ちゃんはそんなことお構いなしに興味津々といった顔をしている。
マグカップはたとえばの話で、まだ決定したわけじゃないんだけど。
「そういうわけじゃないんだけど……。なんかあげたいなって思って。なんつーか、このあふれる気持ちを徳丸さんに伝えたいというか」
「なにそれキモッ」
「うん、言葉にしたら自分でも俺キモいなとは思った」
「ていうかさぁ、あのさぁ、崎にちょっと聞きたいんだけど……」
いくらか声を潜めて、樹ちゃんが俺に顔を寄せる。
「男子って、やっぱりああいう女子が好きなの?」
「ああいうって?」
「だからー! ……と、徳丸センパイみたいな、ちっちゃくて、髪ロングで、なんてゆうかふわふわしてる感じのさ……」
そこはかとなく恥ずかしそうにする樹ちゃん。質問の真意がイマイチわからないけど、とりあえず当たり障りなく答えることにする。
「まあ、嫌いな男はそんないないんじゃない?」
「……だよね。やっぱ、男はかわいい女の子が好きだよね……うん、わかってたよ」
「どした。樹ちゃんだってかわいいよ」
「お、お世辞はいいよ」
「なんで、お世辞じゃないって」
「……ありがとう……」
髪伸ばそうかな、とぽつりとつぶやいて、樹ちゃんは自分の席へ戻って行った。
微妙に肩を落としている後ろ姿を見やりつつ、女子ってむずかしいな、と思う。
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