side:Toru


 あの子は、俺にとっての花だ。




 東園高校の教室は、三年生から順に階を上がっていく。つまり、一年生の教室は三階にある。
 一年五組の窓の外からはグラウンドがよく見える。俺は、窓際の席からサッカーボールを追いながら走り回る男子たちの様子をぼやっと眺めていた。
 五組の午後イチの授業は現代文だ。芥川龍之介の『羅生門』が淡々と読み上げられている。

「……はい、佐々木くんありがとう。では次のページから、出席番号十五番の崎くん、読んでください」

 あの選手、パス上手いな〜。

「崎くん?」
「……」
「おい、崎……」
「崎くん! 聞いてますか!?」
「……エッ? あっ、ああ、すいません」

 聞いてませんでした、ととっさに正直に答えると、教室のそこかしこからクスクスと聞こえてくる。
 正直過ぎたのが悪かったのだろうか。現代文担当の今村先生は、俺を凝視したまま言葉を失っているようだった。やがてチャイムが鳴ると、今村先生は我に返ったようにハッとして、そのあと諦めたように深いため息を吐いた。

「……今日はここまで」



「崎、おまえぼけっとし過ぎだぞ」

 休み時間、友人の佐々木拓実が俺の席までやってきて注意する。
 拓実は、同じ柔道部で、出身中学も同じだ。でも共通点といえばそのくらいで、拓実は俺と違って真面目な男だ。文武両道なので、部活のときは休憩中だって武道場を抜け出したりしないし、授業中も決してぼーっとしない。類は友を呼ぶとか言うけど、俺と拓実に限ってそれはあてはまらない気がする。

「現代文って一番退屈なんだよ。今村先生こわいし」
「それは崎が毎度授業聞いてないからだろ」
「聞いてるよ。たっくんの羅生門上手だった」
「聞いてるなら、せめて当てられたら答えろ。あとたっくんって呼ぶな」
「あ、そうだ。拓実、ちょっと相談なんだけど……」
「相談?」
「女の子って、たとえば何あげたらうれしいのかな?」

 拓実が真顔で俺を見てくる。ややあって、知らん、と返ってきた。

「俺じゃなくて女子に訊け、そういうことは」
「やっぱりキャラものとかそういうのかな?でも徳丸さんは、どっちかっていうとキャラものよりシンプルなのが好きそうじゃない?機能性重視みたいな」
「だから知らんて。……本人に訊けよ」

 付き合ってるんだろ、と拓実が言う。改めて言われると照れる。
 俺の脳裏に、ここ数日間の徳丸さんとのことが背景に花びらが舞うオプション付きで再生される。こないだの笑った顔、かわいかったな〜。

「崎〜! こないだ言ってたマンガ、持ってきたよ!」

 軽く浸っていると、樹ちゃんが元気よくショップ袋を片手に俺たちのところへやってきた。
 樹ちゃんとは、何気に幼稚園から同じだったりする。親同士の仲が良くて、お互いの家も近い。でも幼なじみかと訊かれると、そうでもない。小学校低学年まではけっこういっしょに遊んでいた記憶はあるけど、それ以降はそんなに交流はなかった。同じ高校、同じクラスになって、それでまた話すようにはなった。

「ありがと、樹ちゃん。俺のロッカーに突っ込んどいてよ」
「持ってきてやったんだからここで受け取れよ!崎の汚いロッカーなんて開けたくないんですけど!」
「汚くねーよ、こないだちょっと整理したもん」
「男子の言う整理なんて信用できないね」
「ひでぇ、脱臭炭まで置いてんのに」
「ほら崎、女子だぞ」

 拓実がそそのかしてくる。それが内緒話というわけでもなくふつうの声量だったので、案の定樹ちゃんが「なになに?」と興味を示してきた。

「えーと……樹ちゃん、キティちゃんのマグカップと無地のマグカップだったらどっちがほしい?」
「なんでマグカップなんだ」
「えー? うーん、キティちゃんかなあ。なになに、くれるの?」

 貴重な女子の意見だけど、コレジャナイ感しかない。

「やっぱ本人に訊こっかな〜」
「最初からそうしろ」
「ちょっとぉ! 答えてやったのに、なんなんだよその態度はー!」
「イデッ! 少女マンガの角で殴るなよ……」
「……崎が悪い」
「拓実が女子に訊けって言ったんだろ……」
「俺は本人に訊けよって言ったんだ」
「本人って誰のこと?」
「……崎のカノジョ」
「え……えええっ!? カ、カノジョ!? 崎、カノジョできたの!? 誰!?うちのガッコ!? どんな子!?」

 なぜかものすごい食いついてきた樹ちゃん。その勢いは俺も拓実も若干引いてしまう程だった。女子ってこういう話題好きなんだな、と思う。


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