どこかぎこちなく話す崎くんを、紙袋越しから見つめた。
こないだわたしが花壇のことを話した後、崎くんは花屋に行ったのだ。わざわざ花屋に行って、わたしに選んでくれたんだ。しかも、切り花じゃなくて、鉢植えのサボテン。
おかしかった。こんなに大きな男の子が、花屋に行って、ちゃんと店員さんに花が咲くかどうかを訊ねる様子を思い浮かべたら。でも、笑い出したいのとは違う。胸があたたかくなるような気持ちだった。
「……ありがとう……」
紙袋を抱くようにしてお礼を口にすると、崎くんの表情がぱっと明るくなった。雲の隙間から陽が差すみたいに。
「どういたしまして」
その笑顔を見たとき、あ、とわたしは気づいた。もしかして、崎くんずっと緊張してたのだろうか。
そっか、だからさっきから饒舌だったり、妙な敬語だったのか。
そっか……。
教室へ戻ると、七瀬と森くんがそろって好奇の目でわたしを見てくる。なので、わたしは、手に提げた例の紙袋を二人に見せた。
「杏、なにそれ?」
「サボテンもろた……」
「サボテン? はあ?」
「ブハッ!」
意味不明という表情の七瀬に、思いきり噴き出す森くん。
「はっはっは! サボテンか〜! おもしれーなー、崎クン!」
お腹をかかえて大笑いする森くんに、ちょっとムッとする。どこにそこまで爆笑する要素があるのか、わたしにはイマイチわからん。森くんの笑いのツボは昔から理解できない。
「杏ぅ、言ったの?」
ヒーヒー言ってる森くんを押しのけつつ、七瀬が言う。あんたの誕生日、と。
「……ううん」
六月一日。今日は、わたしの誕生日だ。
話してないし、崎くんはきっと知らない。単純にわたしが植物が好きだと思ったから、だからサボテンをくれたのだと、わたしは思う。
だって、教室に戻る途中で、袋の中にメッセージカードが入っているのを見つけたのだ。
【これからよろしくお願いします】
と、あんまり上手ではない字で、そう書かれていた。文末には、なぜか下手くそなパンダのイラスト。
「じゃあそれは誕プレじゃないってこと? 言いなよ、あたし今日誕生日なんだから祝いやがれって」
「……いいの」
「いいの?」
「うん」
「ふーん? ま、杏がいいならいいけどさ」
七瀬が不思議そうに相槌をうつ。
わたしも、不思議だった。誕生日を知らなくても、おめでとうって言葉がなくても、いいと思う。なんだか胸がいっぱいだなんて。
なんだろう、へんな感じ。前例のない気持ちだ。
「あー、笑った笑った。やべ、次の物理の課題やってねえや。杏ちゃん、ノート見して」
「イヤ」
「え〜。じゃあ七瀬ぇ〜」
「知らん」
席について、授業の準備をする。頭切り替えなきゃ、と思いつつ、机の横に引っ掛けた紙袋の存在がくすぐったい。
ところで、崎くんは気づいているのだろうか。
サボテンの花言葉は「燃える心」「枯れない愛」。
きっと気づいてないのだろうな。でも、いいんだ。気づかないままで。
陽が差すような、うれしそうに笑った顔を思い出しながら、サボテン、大事にしよう、と思った。
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