今朝のニュースが、この地域もとうとう梅雨入りしたことを告げた。
 窓から見上げた曇り空からは、晴れ間が見える。今日は雨の心配はなさそうだけど、これから湿気の多い雨模様が続くと思うと、憂鬱だ。

 わたしのスマホに、崎くんから挨拶以外でははじめてのメッセージが届いたのは、二限目の体育を終えて、七瀬といっしょに教室へ戻る途中だった。

「……」
「杏、どしたの?」

 スマホの画面をじっと見つめるわたしに、七瀬が訊いた。

「崎くんから、メッセージきて……」
「あんだって?」

 七瀬が眉を寄せて、低い声を出す。
 七瀬は、未だに崎くんのことが信用ならない様子だ。こないだのミスドで、「崎くんと付き合ってみたい」とは言ってはみたのだけど……。
 まあ出会いが合コンだし、そもそも七瀬は崎くんとほぼ面識もないし、信用ならなくて当然かもしれない。
 それでも、決して「やめな」とは言わないので、まるっきり信用してないわけでもないのかも。

「メッセ、なんて?」
「……」

 わたしは、崎くんとのトーク画面を見つめながら、届いたばかりのメッセージを読み上げた。

『渡したいものがあるので、二階の渡り廊下でまってます』



 件の渡り廊下へ行くと、ちょうど真ん中の窓際のところに、崎くんが立っていた。
 今はそれほど人通りがあるわけじゃないけれど、それでも大柄な崎くんの姿はこの場所にいる誰よりも目を引く。
 崎くんはすぐにわたしに気がついて、こっちこっちと手招きをした。

「崎くん、どうしたの?」
「あ。おさげ」

 近くにきたわたしの髪を見てか、崎くんが言う。

「あ、うん、たいくだったから……。それに今日ちょっと湿気っぽいし」
「そっか。かわいい」

 真っ正面からの笑顔に、わたしは思わずうつむいて、下のほうで二つ結びした髪を意味もなく指先で梳いた。
 カレシ(いちおう)とのやりとりって、こういうのがふつうなのかな。……わからん。なにしろわたしには前例というものがない。
 ほのかに熱い頬に気づかないふりをして、わたしは気を取り直して訊く。

「崎くん、渡したいものってなに?」
「ああそうだ、はいこれ」

 差し出されたのは、紙袋だった。
 袋をまじまじと見れば、「FLOWER SHOP MIZUKI」と書かれている。フラワーショップって、花屋? なんで?
 わたしはとりあえずその紙袋を受け取って、中を覗き込んだ。

「……これ、なに?」
「サボテンです」

 崎くんが答える。なんで敬語?
 ともかく、そう、サボテンである。紙袋の中身は、崎くんの言う通り、マグカップサイズの小さなサボテンの鉢植えだった。それがさらに透明な袋に包まれていて、袋の口はピンクのリボンでかわいらしく結んであるのだった。

「こないだ花壇占領してるって言ってたし、徳丸さん、そういうの好きかなって思って……。それで花屋に行ってね、買ってきました」
「……」
「ていうか、せっかく連絡先交換したんだから、メッセとかで好きなもの訊けばよかったんだけど、それ買った帰り道で気づいちゃって……ははは」
「……」
「あ、店員さんに聞いたんだけど、これね、花が咲くんだって。名前はすみれまるちゃんです」

 わたしがずっと黙ったままだからなのかなんなのか、崎くんはやけに饒舌だった。そんでなんでちょいちょい敬語なのか。まあいいや。
 サボテンのスミレ丸。前に多肉植物の図鑑で見たので、わたしは知っていた。ノトカクタス属の「芍薬丸」とも呼ばれる品種だ。鮮やかな赤紫色の、かわいらしい花が咲く。

「スミレ丸……くれるの?」
「差し上げます」
「……なんで?」
「エッ? えーと、なんていうか……これからよろしくお願いしますというか……うん、そんな感じです」


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