「徳丸さんは、園芸部?」

 崎くんが花壇に目をやりながら訊く。

「ちがうよ。うちの学校、園芸部ないし」
「あれ? そうなんだ」
「この花壇はわたしが占領してるの」
「あははっ、占領」

 明るい声で崎くんが笑った。
 崎くんって、今のところいつも笑ってる印象だけど、陽気だったり項垂れながらだったり急にやさしくほほえんだり、いろんな笑い方をするのだなと思う。
 森くんもよく笑ってるけど、森くんとは雰囲気が違うというか、なんというか。興味深いな、と、ついまじまじと観察してしまう。

「花壇なに植えるの? それとももう植えてる?」
「まだなにも……」

 ふと、気づいた。
 昼休み、大きく伸びをする崎くんの、あのたっぷりと太陽の光を浴びている姿がなにかに似ているなと思ったこと。
 そっか、わかった。なにに似ているか。

「ひまわりにする」

 わたしは言う。
 そうだ、決めた。ひまわりにしよう。ひまわりはまだ育てたことないし。花壇が小さいからミニひまわりだけど。
 思いつくと、なんだかとてもうれしくなった。わたしは花壇を見下ろしながら、太陽に向かって花を咲かせる明るい姿を想像して、思わずほほえみがこぼれた。

「ひまわりって、今から植えても夏に咲くの?」

 崎くんが訊く。その声の響きがとてもやさしく聞こえた。わたしが今うれしい気持ちだから、そのせいかもしれない。

「うん、たぶん」
「そっか」
「うん、夏休み入っちゃうかもだけど」
「そっか。……じゃあ、それ咲いたら、」

 崎くんが、少しだけ顔をこっちに寄せた。
 ふわっと崎くんの匂いと、体温と、それから少し落とした声の低さに、わたしはドキッとしてしまう。
 と、そのとき。

「崎ィー! どこ行った!?」

 武道場のほうから、かなりでかい声が聞こえた。あきらかに怒声である。
 おそらく、いや確実に部活を抜け出してきた崎くんに対する声だろう。顧問の先生か、それとも先輩か。声の調子からして、とにかくやばそうだ。

「あはは、やべぇ」

 崎くんが笑った。少なくともちっともやばそうではない顔で。崎くんってもしかして大物? などとわたしが思っていると、崎くんが走り出す。武道場のほうへ。
 その途中、わたしにふり向いて、

「咲いたら、いっしょに見てもいい?」

 ひまわり、と言った。
 わたしは目をまるくして、それから頷いた。崎くんがにこっと笑う。太陽みたいに。ほんとによく笑うな。

 走っていく背中を見送りながら、おもしろいな、と思った。
 崎くんって、犬のモモタロみたいで、太陽をいっぱい浴びてるひまわりみたいで、でも声はちゃんと男みたいに低くて、興味深い。
 と、腰のあたりから振動を感じた。スカートのポケットに入れていたスマホのバイブだった。七瀬からの着信だ。わたしは慌ててディスプレイをタップする。

『もしもし杏? 今どこいんの? 既読つかないし、教室にもいないし、もしかして帰った?』
「ううん、学校いるよ。ごめん、わたしそっちいく。教室?」
『なんだよかった。こっち今教室出たとこ。つーかさぁ、森林もミスドついてくるっつーんだけど、いい? 奢ってくれるって』
「べつにいいよ」
『……なに杏、あんたちょっと笑ってない?』
「うん、ちょっとね」
『なによ〜めずらしい』
「あとで話すね」
『じゃあ、あたしら校門いるからね』
「うん、今いく」

 手短に通話を終えて、スマホをポケットに戻した。
 浮き立つようなこの気持ち。うまく説明できる自信は正直ないけど、わたしは走っていく。



15.8.13

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