学校の裏庭にはわたしの花壇がある。
 といっても、なんの変哲もないどこの学校にも一つはあるような、小さな花壇だ。かなり年季が入っていて、ところどころ赤いレンガにヒビが入っている。
 この花壇を見つけたのは去年の秋頃だった。渡り廊下から見かけた、荒れた土が敷いてあるだけの花壇。これから使う予定はあるのか、わたしはその存在がなんとなく気になった。しかしいつ見ても一向に手入れされる気配はない。そこで、何人かの先生に訊いてみたら、むしろ逆に「裏庭に花壇なんてあった?」と全員から訊ねられた。
 というわけで、わたしはこの花壇を占領することにしたのだった。
 せっかくの花壇なのだから、花壇らしく、しっとりとした腐葉土を敷いて、花の種を撒きたい。
 そして今年になって、ようやくわたしの花壇は種が撒ける状態になっていた。
 幸い裏庭は日当たりがいい。水道もあるし、土の入れ替えを手伝ってもらった生物の河村先生にホースも出してもらえた。準備は万端だ。
 しかし、肝心のなんの花を植えるかが決まってない。

 「なんの花にしよう……」

 七瀬を待つ間、わたしは裏庭に出て、例の花壇の前にいた。その場にしゃがみ、両手で頬杖をつく。
 なんの花にしよう。こうやって限られた時間しか来られないし(河村先生が花壇再生計画(笑)に協力してくれると言ってくれたけど)、丈夫な品種がいい。今の時期に種まきすることを考えつつ、マリーゴールド、ゼラニウム、コスモスなんかが頭に浮かぶ。プリムラやペチュニアもかわいい。
 うーん、迷う。

「徳丸さーん!」

 本日二回目のデジャブ。
 ハッとして顔を上げると、武道場のほうから手を振りながらこちらへやってくる姿があった。もしかしなくても崎くんだった。
 びっくりした……。今日はもう会わないと思っていたので。
 近くにきた崎くんは、よく見たら、制服でもジャージでもなく、わたしの私生活にはまるで馴染みのない白い道着を身につけていた。

「徳丸さん、なにしてるの? ちょうど武道場から見えたから、来ちゃったよ」
「わたしは、えっと……。崎くんはなにしてるの?」
「俺? 俺は部活」

 部活、と思う。そういえば昼休みにも言っていたような気がする。
 白い道着。わたしの頭にはまず空手の文字が浮かんだけど、うちの学校に空手部はない。

「崎くんって、柔道部なの?」
「そうだよ」

 崎くんはわたしがまじまじと観察しているのも特に気にしてないようで、至ってふつうに答えた。
 柔道部。なんだか意外だ。
 崎くんは運動神経よさそうだし、部活やってるならスポーツ系だとは思ったけど、柔道だとは思わなかった。身長高いし、どっちかというとバスケ部かバレー部のイメージだった。しかもなんと黒帯である。

「すごいね」
「ん? なにが?」
「黒帯。崎くん、強いんだね」

 ああ、と、崎くんが帯に手をかけて笑う。心なしか、それが苦笑に見えた。目を伏せたからだろうか。

「たぶん、徳丸さんが思ってるほどむずかしくないよ」
「そうなの?」
「うん。そうなの」

 そうなのか? わからん。柔道のことは、わたしには。

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