わたしに春がやってきた。
 桜もすっかり散った五月の終わり。カレシいない歴十七年目を迎える前に、はじめてのカレシができた。

「杏ぅ! なんでいつのまにそんなことになってんの!?」
「正直わたしもわからない……」
「なんでもっと早く言わないんだよ! びっくりしたわ!」
「ごめん……。なんて言ったらいいかわかんなくて……。というか、もしかしたら夢なんじゃないかと思って……夢じゃなかったけど」
「杏、あんた禁酒しな」
「だからお酒飲んでないってば……」
「まあまあ、よかったじゃん。合コン行った甲斐あったじゃん。杏ちゃんオメデトー」
「森林うるせーんだよ! なんでおまえ当たり前のようにあたしらの会話に入ってきてんだよ! 男禁制だバカヤロー!」

 教室に戻るやいなや、突進してきた七瀬に捕まり、わたしは尋問されている。そして昨夜のことからついさっきまでのことを、拙いなりに洗いざらい説明をしたところだった。
 森くんも、なぜか当たり前のように七瀬といっしょになってずっとわたしの話を聞いていた。

「なんだよ七瀬。あーた朝、杏ちゃんにカレシ作ってきたかとかなんとか言ってたじゃないのよ」
「い、言ったけどさぁ……だって、まさかほんとに一夜で作ってくるとは思わないじゃん! つーか杏、大丈夫なのかよ、そいつ?」
「崎くん?」
「そうだよ、崎くん! 大丈夫なの? 合コンに参加する男なんて体目的じゃん! 信用ならねー!」
「はっはっは、すげー偏見」
「……だいじょうぶ、だと思う」

 わたしは、それだけ答えた。崎くんのことなんかまだなんにも知らないのに。
 でも、だって体目的なら、わざわざわたしみたいな幼児体型な女を狙うだろうか。誰でもいいなら尚のこと、崎くんぐらい体格がよければ、昨夜のうちにわたしなんか無理矢理にでもどうにかできてしまっただろうし……。と、改めてそう考えたら背筋がすっと寒くなった。
 まあとにかく、崎くんがそういう男だとはわたしは思えない。七瀬は納得のいっていない顔をしていたけど、そこでチャイムが鳴った。
 ようやく午後の授業がはじまる。
 今日はなんだか一日が長い。


 放課後は七瀬と帰る。今日はバイトはない。
 駅前のミスドあたりで七瀬といっしょに課題をやる体だけど、きっと昼の尋問の続きだ。

「……」

 帰り支度をしながら、わたしはそれとなく教室の出入口のほうを見ていた。
 もしかしてまた来るかな、と思ったのだけど、崎くんは現れない。

「杏、いこ」
「あ、うん……」

 なんだ、来ないのか。
 それならまあいっか、と思い、わたしは七瀬といっしょに教室を出ようとした。

「あ、七瀬!」

 と、担任が七瀬に声をかけてきた。

「なんですか?」
「ちょっと社会科室の蛍光灯替えるの手伝ってくれよ」
「なんであたしが!?」
「頼むよ〜。社会科の先生みんなちっちゃくてさぁ、届かねんだわ。あ、徳丸は帰っていいぞ。君もちっちゃいから」
「あ、はい。じゃあ七瀬がんばって……」
「ちょっと杏ぅ!」
「おぉーい、森林ィ! おまえも来い!」

 今まさに教室の後ろの出口からそそくさと帰ろうとしていた、うちのクラスで一番デカイ男子が指名された。

「センセ〜、俺らより一年の崎クンのがデカイっすよ」

 髪をくしゃくしゃと掻きながらやってきた森くんが、なぁ? と、わたしを見てくる。……やめてほしい。

「誰だ、サキクンって?」
「ちょっとセンセー、生徒の名前ぐらい覚えろよ〜」
「俺一年の担当じゃないから知らんもん。ほれほれ二人とも行くぞ」
「杏、まっててよ!」
「終わったらラインして」

 連行されてゆく背の高い二人を見送る。
 教室はすでにガランとしていた。暇を持て余しつつふらりと窓際へ寄ると、ちょうど真下には裏庭が見えた。

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