なんてことだ。
完全に年上の大学生だと思っていたのに、まさか同じ学校に通う高校生で、そればかりか先月頭に入学式を終えたばかりの一年生だなんて。
そういえば昨日、わたしが一限から授業があるのか聞いたとき、崎くんはちょっと不思議そうにしていた気がする。そりゃあ大学じゃなくて高校なんだから、毎日一限から授業があって当然なはずだ。
「はははっ、そっかそっか。すいません、俺昨日は散々自分のことばっかり話しちゃったから、そのこともすっかり話した気でいて……」
「……というか、わたし以外は大学生って聞いてたし」
「そうだよね。俺も先輩に『おまえ今夜は大学生だからよろしく』って言われてたから」
「……ねえ、崎くんが高一で、その先輩ってことは、もしかして昨日の男はみんな実は高校生だったりする?」
「ああ、それはないない。ほんとに俺だけ。あの人たち部活のOBなんだよね」
「…………」
若干気まずい心境のわたしに対して、崎くんはどこまでも陽気だった。
とりあえず気持ちを落ち着かせるために伊藤園のジャスミンティーを飲む。
うららかな春の午後……にしては、日差しが暑いくらいだった。それもそうだ、五月末だし。春ももう終わりだ。
ところでわたしはというと、結局流されるまま(正しくはクラスの妙な空気から逃亡を図ったため)、中庭のベンチで崎くんと昼食を共にしている。
しかし改めてこの状況はどうなのだろう。
うちの学校の中庭は整備がよく行き届いていて、ちょっとした庭園のように美しい。大きな花時計を中心にして、その周りを木製の白いベンチが等間隔で配置されている。そんな場所なので、特に今日みたいにうららかに晴れた昼休みは、カップルの溜まり場で有名なのだ。他にあるベンチもすでにすべてがカップルで埋まっている。
入学してまだ二ヶ月程の崎くんはそんなこと知らないのかもしれない。けれど、この場所のそこはかとなくふわっとした雰囲気で察せられるはずだ。ついでに言うなら、堂々と二年の教室までわたしを昼食に誘いに来るあたりも含めて、なんというか、行動力があるのだな、と思う。
「崎くんって、積極的なんだね」
「はは、うーん、そうかな。まあ、いくら同じ学校でも学年違ったらなかなか話す機会ないしね……あっ、一応連絡しようかと思ったんだけどね? そういや徳丸さんと連絡先交換してなかったことに気づいて……えっと、嫌だった? いきなり押しかけて」
「嫌とかいう概念すらなかったよ」
「ガイネン? それは、嫌じゃないってこと?」
やたら大きなやきそばパン片手に、無邪気に小首をかしげる崎くん。そんな彼を尻目に、わたしの中にまた新たなハテナが浮かんだ。
「ねえ、どうしてわたしが同じ学校だってわかったの? クラスも、なんで知ってるの?」
昨夜、崎くんがそうだったように、わたしだって学校名は言わなかったのに。
「知ってたから、徳丸さんのこと」
少し、ドキリとした。知ってたから、と言って目を細めて、崎くんが急にやさしい顔になってほほえむので。
風がふわっとわたしたちの間を通り抜けた。そのとき、どこかで嗅いだことのあるような、なつかしい香りがわたしの鼻先をかすめた。ついぼけっとしていたら、崎くんがまた陽気な笑顔に戻って続ける。
「けっこう見かけるよ。体育とか」
「……え、たいく?」
「うん。俺の席窓際だから、グラウンドがよく見えるんだよね。暇な授業中は俺ずっと外見てる」
「……」
「クラスはね、端から順に探すつもりだったんだけど、徳丸さんが一組で手間はぶけたな」
なんだ、そうか。
今までと同じように屈託のない崎くんの言葉を聞いて、わたしはなぜだか安堵に似た気持ちを覚えた。だけど、それとも違うような……。とにかくふっと肩の力が抜けた気がしたのだ。
そして、思い出す。
そうだ、わたしこの人と、崎くんと付き合うことになったのだったと。
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