昼休みは、だいたいいつも七瀬と教室で食べる。ちなみに森くんはよくこっちに絡んでくるけど、昼休みは男子の群れにいる。そもそも教室にいないほうが多い。今日はいるけど。森くんの笑い声は特によく聞こえてくる。
まあそんなことは今はどうでもいい。
「ねぇ、七瀬」
「ん? どした?」
昼食のメロンパンの袋の封も開けずに、机の上に置いたまま、朝からずっと崎くんのことが頭に浮かんでいる。そして、七瀬にぐらい、昨夜のことを打ち明けてみようかと思った。
わたしが、あのさ、と口を開いたそのときだった。後ろからとんとんと肩を叩かれた。振り向くと、クラスメイトだけど、ふだん挨拶ぐらいしか言葉を交わさない女子が立っている。なにやら意味深な笑顔を浮かべながら。
「徳丸さん、一年が呼んでるよ!」
「……一年?」
わたしの頭上にハテナが浮かぶ。
一年に知り合いなんかいない。部活にも委員会にも入っていないし、わたしは基本的に後輩との交流がないのである。
怪訝に思いながら促されるままに教室の出入口のほうを見ると、そこには、なんだかとてつもなく見覚えのある男が立っていた。
ぱちっと目が合うと、彼はうれしそうに大きく片手を振った。
「徳丸さーん!」
デジャブ。
目の前の姿が、昨夜の、わたしを追いかけてきた姿とぴったり重なった。
その無駄によく通る声で指名され、教室中がなんだなんだとざわざわとする。
「誰あれ? 一年? つーかデカッ」
「徳丸さんの知り合いっぽいよ。もしかしてカレシかな」
「ちょっとカッコよくない?」
「ちょっと杏ぅ、誰あいつ?」
「はっはっは、なんだあれ?」
周囲の好奇心的なささやきに、訝しむ七瀬と、笑う森くんの声が聞こえる。
でも今すべてにうまく答える余裕がない。
ガタッと席を立つ。早足で出入口まで行き、大きな手をがっちり掴んで、クラスメイトたちの好奇の目から逃げるように彼を廊下の隅へ連れてゆく。
「なんでいるの?」
手を離すなり、一も二もなく問う。
無造作に跳ねまくる黒髪、くっきり二重だけど、ちょっと眠たげにも見えるたれ目に、見上げるほどの長身。完全に昨夜の崎くんと同じだ。ていうか崎くんである。やっぱり夢じゃなかったんだ。
崎くんはにこっと笑って、その手に提げていた購買の袋をわたしに見せて、
「よかったら、いっしょに昼飯食いたいな〜って思って」
と、答えた。
思わずずっこけそうになる。
「そーじゃなくて……え? ちょっと待って、なんで崎くんが同じ学校にいるの? なんで制服着てるの? なんで一年の上履き履いてるの?」
校内の上履きは学年別に色違いのラインが入っている。三年生は赤、二年生は緑、一年生は青である。ちなみにわたしは二年なので緑。そして、眼下の上履きには、どう見ても青いラインが入っている。
当の本人はさも不思議そうな顔をして、
「え? 東園高の一年だから」
と、さらっと答えてくれた。
面食らって何も言えないわたしに、彼は尚もきょとんとして、
「あれ? 俺、昨日言わなかったっけ」
と、言ったのであった。
聞いてない……。
聞いてないし、言ってない!
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