「崎くんの妹さん、崎くんと似てるね」

 ふと、杏ちゃんが口を開いた。

「エッ? あはは、そうかな……自分ではあんま似てない気がするけど……」
「ううん。目元とか、身長が高いところも似てると思う」
「はは……杏ちゃんも、お姉さんと似てるよね」
「…………」
「……杏ちゃん?」

 何気ない会話をしていたつもりだったのだが、杏ちゃんは黙ってしまった。
 きちんと正座して膝の上に置かれた小さな手が、きゅっと握り拳をつくる。

「崎くん、どうしてなんの連絡もしてくれなかったの」

 厳しいまなざしが俺を見る。言葉に詰まっていたら、しかし杏ちゃんはすぐにごめん、と謝罪した。

「体調悪いときに連絡なんてできないよね。ごめん、頭ではわかってるの。でも、樹さんから聞くまで崎くんが具合悪いことなんにも知らなかったのが、なんだかものすごく嫌だったの」
「…………」
「いつも他愛ないメッセージのやりとりはたくさんしてるのに、今日に限ってどうしてって……。絵文字でもスタンプのひとつでもよかった。ちゃんと、おしえてほしかった」

 そこまで言い切ると杏ちゃんはまた、わがまま言ってごめん、と謝って、力なくうつむいてしまった。俺はそんな彼女に打ちのめされたような気持ちになりながら、情けなく泣きそうになっていた。うれしかったのだ。

「……ごめん」 

 垂れた頭に手をのせる。そっと目を上げた杏ちゃんに苦笑して、観念したように言う。

「ほんとは、さびしかった」

 白状すると、杏ちゃんははにかんだような顔で、俺の手をとって自分の頬に当てた。


 プリンを完食して、また布団に寝転んだ俺の額をひんやりとした体温がつつんでくれた。

「クリスマスイブのとき、こうしてくれたよね」

 俺の額に手を置きながら、杏ちゃんが言う。
 そういえば、あのときは杏ちゃんが熱を出したんだったっけ……。ぼんやりと、焦ったり、甘えられてうれしかったりしたことを思い出す。

「あのとき、うれしかった。わたしね、崎くんといるとつい、すごく甘えたくなっちゃうんだけど……。……崎くんも、もっとわたしに甘えてくれていいからね」

 杏ちゃんの声音は甘くてやわくて、心地いい。ふわふわと漂う彼女の花のような香りも相まって、次第に眠たくなってくる。

「早く元気になってね」

 それが眠りに落ちる合図のように、瞼を閉じる刹那、俺の額にちゅ、とやわらかいものがふれた。


 週明け、すっかり熱も下がって元気に登校した(なお課題はやってない)俺は、しかし午前中にスマホに届いたメッセージに愕然とするのだった。

『風邪ひいたみたい……。今日は学校休むことになりました』

 そんな杏ちゃんからのメッセージが、床に伏してダウンしているパンダのスタンプとともに画面に浮かぶ。
 三日前、健気に俺のお見舞いに来たばかりに、俺の風邪がうつってしまったことは明白だった。

「崎? なにスマホ見ながら青ざめてるんだ」
「…………拓実、ちょっと俺に絞め技かけてほしい。殺す気で」
「はあ?」
「いや、そんなんじゃダメだ。拓実、さすがに俺でも屋上から飛び降りたら死ねるよな?」
「さっきから何言って……ってどこ行くつもりだ、アホ! おい、崎止まれ!」

 拓実の説得でこの場は思いとどまって、放課後、俺はコンビニで杏ちゃんの好物の杏仁豆腐をあるだけ買って彼女の自宅へ赴き、死ぬほど土下座をした。



17.9.14

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