ふと目を覚まし、ぼんやりと見やった部屋の時計は午後四時を指していた。
午前中よりも体調がいくぶんラクになっている気がする。試しに熱を測ったら三十七度五分まで下がっていた。
空腹をおぼえたので台所で何か食うかと腰を上げかけたとき、突然ガチャッと部屋の戸が開けられた。
このノックもしない無遠慮な開け方は母ちゃんか、それか、
「うわ、ほんとに風邪ひいてる」
妹の光である。
布団で上半身を起こした状態の俺を、物珍しそうに見てくる。
「なんだよ……光、帰り早くね? 部活は?」
「お母さんからラインで、透にぃの様子見てやれって言われたんだけど」
「いやいいよ、もう熱下がってきたから。そしておまえにずっと様子見られたら逆に悪化しそう」
日常的な悪態をつくが、光からはなんの反応もない。不気味さを感じて光を見やると、相変わらず俺を二つの意味で上から見下ろしている。しげしげと、どこか愉快そうに。
「なに兄貴にメンチ切ってんだよ」
「べつに? つーか、透にぃのカノジョってすげぇかわいいんだね。透にぃのくせに」
そんな意味深な台詞を吐いて引っ込んでいった光。怪訝に思う間もなく、部屋の外からなにやら話し声が聞こえてくる。まさか、と思いながら俺は、部屋の外へ向かって「おい光! ひいちゃん!」と叫ぶが、現れたのは光ではなかった。
「……お邪魔してます」
若干気まずそうに部屋の入り口に佇むのは、紛れもなく杏ちゃんだった。学校から直接来たらしい、制服姿である。
遅れて杏ちゃんの背後に現れた光が、彼女に気さくに話しかける。
「あたし自分の部屋にいますんで、何かあったら呼んでくださいね。あたしの部屋、ここの隣っす。じゃ」
と杏ちゃんに告げて、俺には説明ゼロで引っ込んでいった光。じゃ、じゃねーよ。そして「何かあったら」ってなんだ。あいつ熱下がって元気になったらシメる……。
「大丈夫?」
戸を閉めて、しずしずと歩み寄ってきた杏ちゃんが、俺が寝ている布団の傍らにちょこんと座る。
「だ……だいじょうぶです……。あ、杏ちゃん、来てくれてすっごいうれしいんだけど……うつるから、近寄らないほうがいいと思う……」
「大丈夫。妹さんもいるし、長居はしないから」
淡々と答えた杏ちゃんに、そっかあ、長居はしないのか……とちょっと落胆してる俺のばか〜。
まだこの状況をうまく飲み込めていない俺を尻目に、杏ちゃんは自分の通学カバンをあさりながら説明をはじめる。
「昼休みに樹さんから、崎くんが風邪で休んでること聞いたの。はいこれ、預かってきた古文と数学と英語の課題。週明けに提出だって」
「あ、どうもありがとう…………」
いらないとは言えないので、課題のプリントを素直に受け取る。
「あと、これはさっきコンビニで買ってきたの。プリンと果物ゼリー、どっちがいい?」
「え、わざわざ買ってきてくれたの?」
「お見舞いだから。崎くん、甘いのへいきだったよね?」
頷いて、杏ちゃんの右手にあるプリンを選んだ。
さっそくプラスチックのスプーンでプリンを食している最中、じっと杏ちゃんの可憐な瞳に見つめられる。いつもの無垢な目や、興味深いときにキラキラする目とは違って、そこはかとなく厳しいまなざしだった。
杏ちゃんなんか、怒ってる……?
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