ホームが再び静けさを取り戻し、それまでどこかに吹っ飛んでいたわたしの意識も戻ってくる。
 俺と付き合ってください……?
 これって、もしかして告白?わたし、告白されてるの?

「えっと……」

 後ずさることもできないくらいにじっと見つめられている。きっとわたしが何か答えない限り崎くんは目をそらさない、そんな気にさせるほど。
 どうしよう。告白されたのなんて、小学生のとき以来だ。しかも低学年。
 そんな動揺と、いや、ただ単にこの人酔っているのかもしれない、という冷静な思考が右往左往する。
 どうしよう、と考えてはみるけど、その単語だけが素通りしていく。酔ってもいないのに、頭がうまく回らない。
 困った。困ったな。
 どうしよう……。

 嫌なら断ればいいのに、とふと思う。
 冷静な思考が働く。ああそうだ、簡単だ。
 それなのに、わたしなんでこんなに、ここまで悩んでいるのだろう。

「あの……」
「はい!」
「……よ、よろしくお願いします……」

 自分の声がひどく頼りなかった。
 そんで自分の言葉に驚く。声は頼りなかったけれど、ものすごく自然に言葉が出てきたことに、驚く。
 そらしていた目をちらと上げる。相変わらずのまっすぐさでこちらを見つめていた崎くんは、わたしと目が合うと、にこっと笑顔になって、

「はい!」

 と、元気に返事をしてくれた。
 はいって、わかってんのかな。いいやだけど、それはわたしも同じだ。
 よろしくお願いしますって言ってしまった。ってことは、わたし、OKしたってことで……。

「それじゃあ、徳丸さん」

 また明日、と崎くんはあっさり言い残して、タイミングよく滑り込んできた電車に乗車した。ドアが閉まる。窓から崎くんがこちらに手をふっている姿を、ただ見送った。
 崎くんを乗せた電車が見えなくなっても、わたしはしばらく呆然と立ち尽くしていた。
 ふと思い出したようにハッとして、なんだかおぼつかない足どりで一人改札へ歩き出したのだった。

 家に帰ってシャワーだけ浴びて、冷えたミネラルウォーターを飲みながらリビングの窓を開けた。その場で足を折ってしゃがみ、ベランダに並んだ鉢植えのハーブたちを眺める。
 バジル、レモンバーム、ローズマリー……。

「疲れた……」

 疲れた。ものすごく。
 でも、嫌じゃない疲れが不思議だった。

「……崎透」

 改めて口にしてみる。そうしたら、すごくいい名前だということに気がついた。
 なんとなく口にしたくなる、いい名前。

 崎透。まっすぐに見つめてくるたれ目。屈託のない言葉。それから、下手くそな『桜坂』。
 そういえば、電話番号もメールアドレスもメッセージIDも交換しなかった。それなのに男女交際ってはじめられるのだろうか。
 それとも、やっぱり酔ってた……?

 そんなふうにうろうろと考えていたらまもなくやってきた眠気に抗えず、わたしは自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだのだった。



15.7.29

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