「行かなかったんだ」
二次会、と付け足して、隣を見上げた。
さっきは座っていたからよくわからなかったけど、こうして並んでみると崎くんは身長がかなり高い。女の中でも特に小柄なわたしはほんとうに「見上げる」かたちになる。
こんなに体格差があるのに、並んでいっしょに歩いてる。なんか、へんな感じ。
なにしろ男と二人で並んで歩く経験なんて数えるほどもないし。
「うん。明日学校あるし、俺も」
ああ、さっきのエミさんとの会話聞いてたんだ。
ということは、わたしが大学生じゃなくて高校生だってバレたかな。でも、崎くんに特に気にしている様子はないし何も言ってこないし、ならばこちらも敢えて気にしないことにした。
「授業、一限からあるの?」
「ん? うん。そうだ、徳丸さん電車だよね? 最寄りどこ?」
「緑坂」
あ、と思う。
ふつうにさらっと自宅の最寄り駅を答えてしまった。危機感なさすぎだろうか。
「そうなんだ。俺近いよ、東園高前っす」
けれど、こちらの懸念に反して屈託の欠片もないようなうれしそうな声が返ってきたので、まあいっか、という気持ちになる。
この人、へんな人。見た目はそんなことないのに、なんかちっとも年上っぽくないな。まるで同級生と話している感覚だ。危機感すら抱けない。
しかし「東園高校前」って。わたしは紛れもなく、その駅から徒歩二十分の進学校、東園高校の在校生である。
あの辺はたしかに住宅地が多いけど、あんまり「大学生の一人暮らし」というイメージはなかったな。不便とは言わないけど、近隣の大学の距離を考えたらもっといい条件の駅があるように思う。実家住まいだろうか。そもそも崎くんってどこの大学?
質問をふろうかと思ったけど、その前に崎くんが口を開いた。
「緑坂って下りたことないな。何があるの?」
「んーと、坂しかないよ」
「はははっ、緑坂だから?」
「うん。それで、緑も多いの。今はもう葉桜だけど、先月はうちの近くの公園の桜がきれいだった。来月になれば紫陽花が咲くし」
「そうなんだ、いいね」
ほんとうに「いいね」という感じの笑い方だった。崎くんが社交辞令で話していないのがわかる。
すると、桜を話題に出したからなのか、崎くんが突然福山雅治の『桜坂』を口ずさみ出した。声真似しているみたいだけど、似てなくて笑う。そんなわたしにふり返り、崎くんもまた笑った。
ふつうにいっしょに電車に乗って、ふつうに帰った。
と思ったら、緑坂駅で開いたドアで「それじゃあ」とわたしが下車すると、なぜか崎くんも続いて下りてきた。
「あの、ここ、東園高前じゃないけど……」
いよいよわたしの危機感スイッチがオンになる。
この路線では比較的下車する乗客が少ない緑坂駅。なので、電車が過ぎてしまえば、駅のホームはあっというまに人気がなくなる。
店にいたときみたいに今まで他愛ないことをいろいろ話していた崎くんは、急に黙ったかと思えば、ものすごく真面目な顔で、わたしを見つめた。
「――徳丸さん、」
たれ目の、でも涙袋までくっきりとした二重の大きな目が、何の隔たりもなくまっすぐわたしを見つめてくる。まっすぐ過ぎて、声も出ない。人気のないホームには、ひやりとした夜風がわたしたちの間を通り抜けていくばかり。
って、この状況、危なくないか?
どうしよう、駅員さん呼ぶ?
「俺と付き合ってください」
特別叫んだわけでもないのに、ホームに崎くんの声がよく響いた。ついでに反響した。
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