俺が気を揉んでいる間にも季節はあっという間に巡る。俺たちは今年中学校を卒業し、高校生となった。
 俺、崎、そして樹。三人とも無事に、第一志望である東園高校の受験をパスした。そこまではいい。驚いたのは、しょっぱなから三人そろってクラスメイトになったことである。
 掲示板に貼り出された一年五組の名簿を見上げ、こんなことってあるのか、と頭を抱えたくなった。そんな俺の横では、崎と樹が「えー! すごい、奇跡じゃん!」「よかった〜。俺、拓実がいないと授業ついてく自信なかったし」とかなんとか、のんきに無邪気に人の気も知らないで、喜んでいた。

 東園高入学から二ヶ月が経った頃のことだった。恐れていた事態が起きたのは。

「付き合うことになりました」

 と、崎が言った。放課後、部活の休憩中に。
 ばっと横を向くと、そこには気持ち悪いほど機嫌よさげな崎がいた。でかい図体からそこかしこに飛び交っている花々を手で払いつつ、とりあえず、俺は訊ねてみる。

「……誰と」
「杏ちゃんと」

 なにが杏ちゃんだ、一応先輩だろう。
 例の崎の想い人である。二年の徳丸杏先輩は、学年内ではわりと有名な優等生らしい。崎にそそのかされて、遠くから何度かその姿を見たことがある。小柄で線の細い女子生徒だ。やわらかな雰囲気の長い髪が印象的だった。
 崎のやつ、ああいうのがタイプなのか、と俺はつい興味深く思った。
 見た目だけの話、樹とは、正直かけ離れたタイプに見えた。

「……おめでとう」

 死ぬほどめでたくない声が出てしまったが、崎は素直にありがとー、と相変わらず花を飛ばしながらにこにこしていた。幸せそうでうらやましい。
 ひどく複雑な心境だった。
 崎の想いが叶った。それはつまり、樹は玉砕したようなもので。
 でも、俺は、ちっとも喜べなかった。
 だって樹がこのことを知ったら、どう思うだろう。女子はこういうことに対して、どれくらい悲しむものなのだろうか。
 あのまぶしい笑顔が涙に歪むことを考えたら、つらかった。とても。
 俺にできることなら何でもしてやりたいのに、そんなものはきっと、ひとつもないのだろう。

 程なくして、樹の耳にも崎の朗報が入った。
 しかし樹の反応は、意外なほどふつうだった。もちろん驚いてはいたものの、俺が想像していたほど悲しんではいないように見えた。
 もちろん表面上そう繕っているだけの話かもしれないが……。

「ねえ、拓実」

 その日、俺は日直で、担任からプリントをまとめる作業を任されていた。樹とふたりで。
 放課後にふたりきり、資料室でホチキスをパチパチ鳴らしていたら、樹が話しかけてきた。

「なんだ?」
「あ、あのね……」

 樹は、自分の手元に目を落としたまま、どこか思いつめた様子で、徳丸センパイって、と言った。
 俺は息を呑む。

「徳丸センパイってさ、その、かわいいよね……?」

 何を言うかと思えば、めちゃくちゃ返答に困る質問だった。
 樹の意図はわからないが、俺がここで否定してみせるのも妙な気がする。とにかく当たり障りなく、曖昧に頷くことにした。

「ああ、まあ……」
「だよね……。やっぱ拓実もそう思うよね……」
「い、いや、あの……べつにそこまでじゃ……」

 途端に落ち込む樹に、にわかに変な汗が噴き出す。
 こ、これはあれか……?
 樹、恋敵と張り合っているのか?
 もしかして樹は、まだ崎のことを諦めきれていないのだろうか。向上心があるのはいいことだが、だとしたら、俺はどうすればいいんだ。徳丸先輩よりも樹のほうがかわいいと、そう言って背中を押してやるべきなのか。いいやしかし、俺の無責任な発言(嘘偽りはないとしても)で、あんなに徳丸先輩にデレデレ状態の崎のもとへ樹を突っ走らせるわけには――。

「拓実!」

 頭が混乱して一気にいろんな思考を駆け巡らせていたら、突然樹が声を張り、真正面から俺を見据えた。
 真剣なまなざしに、ついドギマギしてしまう。

「な、なんだ?」
「あたし、ロングヘアって似合うと思う!?」
「……え?」
「あたし今までショートしかしたことないんだけど、でも男子って、徳丸センパイみたいなふわふわロング大好きでしょ!? 拓実も好きでしょ!? ていうかもう、わかんないよ! 拓実の好みのタイプってどんな人!? 崎のやつに聞いても、あいつ徳丸センパイの話ばっかでぜんっぜん当てにならな……」

 はっと、樹が口をつぐんだ。
 俺は、ぽかんとしていた。
 開け放たれた窓から入ってきた風が、プリントをバサバサと撒き散らす。

「……なんで、俺の好みのタイプなんか知りたいんだ?」

 純粋に浮かんだ疑問をぶつけると、樹は、みるみる顔を真っ赤に染めた。

「な、なんでって、そんなの……」
「樹、崎のことが好きなんじゃないのか?」

 そうだ。これは、長らく誰にでも打ち明けられずに、胸に秘めていたことだった。俺にとって、一番やっかいな問題。
 俺の初恋の女の子が、たぶん俺の一番親しい友人に恋しているという悩ましい現状。
 樹は、勢いよく顔を上げた。そして次の瞬間、潔く首を横に振った。

「何言ってんの、違うよ! あたしが好きなのは……」

 俺は、思わずたじろいだ。
 なぜって、いつも喜怒哀楽がわかりやすい目の前の女の子の顔は、今ははっきりと「怒」の状態になっていたから。
 樹は、真っ赤な顔に泣きそうな目で俺を睨みつけながら、まるでなにか覚悟を決めたかのように、すっと息を吸った。

「……あたしが好きなのは、拓実だよ! 中学の頃から拓実一筋だよ! バカ! この、鈍感!」

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