「つうか、同じクラスだよね? えーと、佐々木……」
「佐々木拓実」
「そうだそうだ、拓実くん。……あ、俺は崎透」
「知ってるよ。有名人だろ、おまえ」
「はは……好きで有名なわけじゃないんだけどな」

 崎は苦笑しながら、それじゃ、と背中を向けた。
 どことなく肩を落とした後ろ姿を見つめながら、失言してしまったかもしれない、と俺は思った。崎のことなんて、これっぽっちも知らないのに。
 それに仮にそうだとしても、崎は今日まで話したことすらなかったただのクラスメイトだ。わざわざ俺が気遣う必要なんて――。
 そこまで思考を巡らせたところで、はたと思い当たる。
 でも崎は、“ただのクラスメイト”の俺を、わざわざ助けたのだ。
 大柄で、見た目通り腕っぷしも強い。徒党を成すわけでもない一匹狼。かと言って売られた喧嘩は同い年だろうが上級生だろうが誰であろうと買う……らしい。
 そんな「札付きの不良」は、ありがとうと礼を言われたらそれだけで子どものように素直に笑うのだった。
 学校で、めんどうごとが服を着て歩いているようなアイツにわざわざ話しかけるやつなんて、誰もいない。もちろん俺もそうだった。
 だから、今日まで知らなかったのだ。
 崎が、案外いいやつなんじゃないかということを。

「崎!」

 崎がずいぶんとのろのろ歩いていたおかげで、後を追いかけてすぐに見つけた。名前を叫ぶと、崎が立ち止まって、驚いた顔で振り返った。

「おお、びっくりした。どしたの?」
「これ、さっきの礼」

 自販機で買ったばかりのよく冷えたスポーツドリンクを差し出す。
 崎はペットボトルに目を落とし、またしてもきょとんと間抜け面になった。

「……おい、受け取れよ。いらないのか?」
「エッ? ああ、いるいる。どうもありがとう、わざわざ……」
「アホか。礼だっつってんのに、おまえが礼を言うなよ。貸し借りなしにしないと気持ち悪いんだ、俺は」
「あはははっ!」

 唐突に、崎が弾けるように笑いだした。何がそんなに可笑しいのか、でかい体を折ってヒーヒー言っている。

「はあ、佐々木くんっておもしれ〜。すっげおかしい」
「なにがおかしいんだ」
「めちゃくちゃ自然にお礼言われたのもそうだけど、アホだとか……ここ最近では俺、母ちゃんにしか言われたことねえよ」

 そんな理由で、盛大に笑うところなのか?
 
「……崎といると力が抜けるな」
「はは、それははじめて言われた」
「言っとくけど褒めてはないからな。どっちかというと貶してる」
「あはははっ!」
「なんで貶されて笑うんだ。やっぱりアホなのか?」

 なんだ、こんなによく笑うやつだったのか。
 呆れを通り越して、俺も少し笑ってしまった。


 以来、学校で崎とよく話すようになった。
 帰宅部だという崎を、俺はここぞとばかりに柔道部に勧誘した。崎はだいぶ渋っていたが、話しているうちになんと経験者だとわかった(曰く「ほんとにちょっとだけだよ」とのことだが)。そんな情報を聞いてしまっては、余計に勧誘に熱が入るというものだ。
 結局、崎は押しに負け、入部届けに名前を書き、判を押したのだった。
 武道場に現れた崎を見て、部員たちは最初こそは「えっ? 新入部員って、あの崎透?」と動揺していたけれど、崎が「よろしくお願いします」と頭を下げ、素直に練習を始めれば、部に馴染むまでにそう時間はかからなかった。
 崎は「ほんとにちょっとだけ」との言葉通り、柔道はもはや初心者同然レベルだった。しかし体が覚えていたのか、飲み込みが早く、どんどん上達していった。

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