そういえば「最近この辺でカツアゲが増えてるらしいから注意しろよ」と、三日前に部長が言っていた。
「なあ、頼むよ〜」
母親のつかいでスーパーに行く途中だった。突然、ちょっとちょっとと肩を掴まれたかと思えば、二人組の男に路地裏に連れ込まれ「俺ら財布忘れちゃってさ」「金かしてくれよ」と絡まれている。
「持ってません」
「いやいや、きみスーパー入ろうとしてたよね?」
「今あるだけでいいからさぁ」
いわゆるカツアゲである。
ああ、困ったことになった。まさか自分がターゲットになろうとは。
内心でため息をついて、俺は目の前に立ちふさがる二人組を見やる。ぼさぼさに伸びた茶髪に、だらしなく腰穿きしたスウェットのポケットからは見せつけるように煙草のボックスが覗いている。が、どちらもその顔立ちからは成人しているふうには見えない。たぶん高校生だろう。
それにしても二人とも、そろってろくに運動もしていなさそうな細い体つきである。金なんか渡したくないし、ここは……。
一瞬野蛮な考えが脳裏をよぎったが、すぐにいいやと思い直す。
喧嘩なんて言語道断だ。もしバレて謹慎にでもなったら、大会を控えている部に迷惑がかかる。最悪、出場停止だ。ただでさえうちの部は、部員不足で存続が危ういというのに。
なんとか隙を見て逃げ出すか、それとも、おとなしく財布の金を差し出してしまうか。
そんな苦渋の決断に迫られうつむいていたときだった。
「なにしてるんすか」
突然降ってきた新たな声に顔を上げると、俺たちの間に体格のいい大柄な男が立っていた。青天の霹靂のように現れたそいつの顔を見て俺は、あっと思う。
こいつは、同じクラスの“アイツ”じゃないか。
「中坊相手にカツアゲっすか。勘弁してくださいよ、センパイ」
「ああ? んだよ、おまえ」
「おい、こいつ二中の……」
肩を叩かれ何やら耳打ちされた二人組のうち一人が、げ、とか、マジかよ、などと声をあげ、顔を歪めた。すると、舌打ちをして、「行こうぜ」とあっさりこの場を去って行ってしまった。
あんなにしつこく絡んできたのに、あまりにあっけない逃亡だ。ありがたいことに違いないが、俺は正直面食らってしまった。
さすが、やっぱり噂通りってことか。
「アハハ、話のわかるセンパイたちでよかったな」
思わずずっこけそうになった。
のんきな調子の言い草に、よほど「話のわかる先輩がカツアゲなんかするか!」とツッコミを入れようかと思ったが、ふと、そいつの目が俺に向けられた。
「大丈夫?」
笑いかけられて、ああそうか、俺は助けられたのか、と今さら気づく。
「ああ、大丈夫。なにも盗られてないし。……ありがとう、助かった」
素直に礼を言うと、そいつ――同じクラスの、クラスどころか学校全体で「札付きの不良」と名高い男子生徒、崎透は、きょとんと間の抜けた顔になった。なんだその顔。
崎は五秒ほどその間抜け面で俺をまじまじと見つめた後、どういたしまして、とうれしそうに破顔した。
意外なほどあどけない笑顔だった。なにせ今まで崎の笑ったところなんか見たことがなかったので、俺は少しばかり驚いてしまう。
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