――文化祭二ヶ月前。
「はい、じゃあ次、ヒロイン役やりたい人〜」
「樹やりなよ。青春恋愛ものやりたい! って言ったのあんたじゃん」
「そ、そうだけど、あたしヒロインって柄じゃないし無理! はい! あたし、ヤンキー女子高生その@に立候補しまーす!」
「樹がやるならあたしたちも立候補しま〜すっ」
一年五組のここ最近のHRは一際にぎやかだ。
先日、文化祭で上映する映画のおおまかな脚本が決まった。今日のHRでは、さっそくその配役決めに取りかかっているのである。
五組は、わりとクラスメイトが一致団結していて仲がいい。そのせいか、配役は自薦他薦問わず、ぽんぽんと順調に決定していく。そしてあっという間に残す配役は、主人公のライバルである硬派な番長のみとなった。
ちなみに、その番長役を演じる上で望ましい条件というのが、高身長且つガタイのよい男子。
「……あたし、実はいけるんじゃないかなーって思うやつがいるんだけど……」
と、樹がにやにやしながら呟いた。
「実はあたしたちも、けっこうはまり役だと思う人がいまーす」
「実は私も……」
「俺も」
「ぼ、僕も」
樹の発言を皮切りに、クラスメイトたちが一斉に囁き出す。その視線は皆、同じ場所へと注がれている。
俺は、HRの間中ずっと机に突っ伏して睡眠に勤しむ友人の寝息を背に感じながら、ここぞとばかりにさっと挙手をした。
はい佐々木くん、と実行委員が即座に俺を指名する。
「崎を、番長役に推薦します」
その日の放課後。
部活の休憩時間、武道場の隅ででかい背をまるめている崎に、二年の先輩が不思議そうにその手元を覗き込んだ。
「おい崎、さっきからなに読んでんだ?」
「……」
「ん? なんだこれ、脚本……?」
「うちのクラスの映画の脚本ですよ。文化祭で上映する」
だんまりの崎に代わって、俺が先輩に説明をする。
崎が、クラスメイトの満場一致で、準主役級の配役を務めるおもしろい事態になったことを。
「だっはっは! マジかよ! 崎おまえ、大丈夫か!? 台詞、ちゃんと全部暗記できるか?」
「…………」
「漢字にはすべてフリガナ振ってあるんで、大丈夫かと」
俺が言うと、先輩はヒーヒー涙を流して笑ってから、絶対観に行ってやるからがんばれよ! と崎の頭をぐしゃぐしゃ撫でくりまわした。
先輩が去っていった後、脚本を睨みつけながら崎が、恨めしげに口を開いた。
「……起こせよな」
「HR中に寝てるやつが悪い」
俺はこの上なく痛快な気分で、不満そうな猫背を叩いてやった。
17.5.13
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