「ちょっ……杏がヤバいのつれて来たんだけど!」
「ぶはっ! 崎クンなんだそれ、こえーっ!」

 崎くんのクラスの映画は次の回までけっこう時間があったので、いくつか出し物を回ったあと、休憩を兼ねて二年一組に舞い戻ることにした。
 だいぶ客足の引いた教室には、同じく休憩中らしい、七瀬と森くんがコーヒーを飲みつつくつろいでいた。崎くんの姿をみとめた二人は、案の定な反応をみせる。
 崎くんはなんだかもう慣れっこのようで、二人に軽いノリで会釈をした。

「森先輩、チーッス」
「はーっはっはっは! やめろ腹痛ぇ! ハマりすぎだろ!」
「七瀬さんもこんにちは。衣装素敵っすね」
「おおい、先輩のカノジョを口説いてんじゃねえよ」
「エッ? 口説いてないっすよ」
「ちょっと崎くん! あんた、んな物騒な格好でうちの杏を連れ回してんじゃないよ!」
「大丈夫っす、命懸けて守るっす」
「むしろ誰も寄ってこれないんじゃね? 最強のセコムじゃん。なあ、杏ちゃん?」
「……崎くん、とりあえずこっちにどうぞ」

 そそくさと、崎くんを窓際の空席に座らせる。わたしもその向かい側に腰を下ろした。
 手作りのメニュー表を机の上に広げて、二人でそれを覗き込んでいたときだった。わたしの耳に、さわさわとした会話が届いてきた。

「……ほら、あれあれ。徳丸さんのカレシ」
「柔道部の一年生だよね? やっぱカッコいいよね。あの格好はだいぶ恐いけど」
「やー、でもさ、うちの学校ああいうタイプの男子ってあんまりいないから、目立つよね」

 メニューに描かれたプリンアラモードのイラストを凝視したまま、わたしはすっかり動けなくなる。
 崎くんが、目立っている。
 崎くんが完全に女子たちの黄色い声の対象になってしまっている事実に、わたしはガーンと大きな衝撃を受けた。

(そういえば……)

 ある記憶が脳裏によみがえる。
 そういえば、はじめて崎くんがうちのクラスを訪れたとき、カッコいいとかなんとか女子にけっこう騒がれていたような……。
 わたしはいよいよ血の気が引いていくのを感じた。
 もしかしなくても、崎くんって、モテるのでは?

「俺、このエクレア?にしよっかな。杏ちゃんは?」
「……わ、わたしは……」
「あ、あのう〜」

 と、ふいにわたしたちの会話に割って入ってきた声に、わたしと崎くんはそろって顔を上げた。
 わたしたちの席の横には、女の子二人組が立ち尽くしていた。二人とも他校の高校の制服を着て足元は来賓用のスリッパなので、一般来場者だろう。
 そのときわたしは、なんだかとてつもなく嫌な予感を察知していた。なぜって、彼女たちが妙に爛々と輝く目を、わたしではなく崎くんへ向けているから。

「あの、あたしたち、午前中に『青春ノ唄』って映画観たんですけど……」
「トオルくんですよね? 主人公のライバル役の」

 トオルくん、という名前を彼女の口から聞いて、わたしはにわかに動揺した。
 言葉尻から劇中での崎くんの役名なのだろうことはすぐ理解できたけれど、なにも本人と同名に設定しなくてもいいのに。脚本担当の職務怠慢ではないのか。などと、あらぬ方向に憎しみが湧く。

「あ、はい。そうっすよ」

 こともなげに頷いた崎くんに対して、きゃあっと歓声めいた声があがる。
 嬉々として頬を赤らめた彼女たちは、興奮した様子のままに崎くんにとんでもない要求をかました。

「映画、カッコよかったです! 握手してください!」
「あたしも! お願いします〜」

 ネイルアートが施された可憐な手が二つ、崎くんの前に差し出される。
 わたしは森くんの実家の庭の、お池の錦鯉のごとく開いた口が塞がらない。
 当の崎くんは、少し困った表情で、かといってさほど躊躇した素振りはなかった。眼前で動いた腕を見て、わたしは反射的に声をあげた。

「……崎くん!」

 はっと、崎くんがわたしのほうを見た。まるで今存在に気づきましたとでもいうふうに、彼女らもぽかんとしてこちらを見やった。
 三人分の視線が集中するなか、わたしは崎くんの不自然に持ち上がった腕をぐいっと引き寄せた。そのまま席を立って、崎くんを教室の外へ引っぱっていく。

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